ひねもすのたり、雲の切れ間に｜リアクション

ひねもすのたり、雲の切れ間に

　シーサイドアウトレットには多くの店が軒を連ねている。
　千歳と刀は、そのうちでもメンズとレディースを半々程度取り揃えている店へと入った。少しでも刀の居心地の悪さを和らげようという千歳の心づかいである。
「そういえば刀君、さっき何見てたのよ？」
「いや、NYAMPHIって店が軒先に水着を着せたマネキンを沢山置いてあったから、もうそんな季節なんだなと思ってさ」
　刀が見かけたのはここへ来る途中にあった店だった。
　しかしNYAMPHIはランジェリーショップである。
　勿論千歳も知っていた。
　冷めたい目を刀に向けて、千歳は呆れたように言い放つ。
「刀君、それ下着のお店よ……？」
「なぁっ！？　いや俺は水着だと思って……」
「それもそれでどうかと思うけどね」
　たとえ水着だとしてもNYAMPHIの下着であれば男性用の水着には見えない。どう言い訳しようとも、刀に勝ち目など到底無いのだった。
　刀の周りにはどういうわけだかこのような出来事が普段からよく起こる。だからこそ仲の良い相手には、『ムッツリ助平』などと甚だ不名誉な評価を受けることもあった。
「そんなことよりっ！　千歳、そのワンピース俺は似合ってると思うぞ」
　不穏な流れを強引に断ち切るように、千歳の目の前にぶら下がっている商品を指差して刀は言った。クリーム色のシフォンのワンピース。パフスリーブ風の袖に、胸元を緑色したサテン地のリボンが締めている。
「……そう？　でも、こんな可愛らしいの、私のイメージじゃないっていうか……」
「そんなことないさ。それにさっきから随分迷っているようだし、遠慮しないで試着してみたら良いじゃないか」
「み、見てたのね」
「そりゃその為に付いて来たんだし。良いじゃないか。可愛いと思うけどな」
　その一言で千歳は一気に顔を赤くした。とても刀の方を向いてはいられず、千歳は俯いてしまう。あまりの熱さに湯気が立ちそうなほどだった。
「おい千歳、具合でも悪いのか。耳真っ赤だぞ」
　いくら顔を伏せた所で、長い髪をポニーテールにしている千歳の耳は丸見えだった。しかしこの男、妙な所で気が回るものである。とはいえその原因が自分にあるとは毛ほども考えないのが、この手の人間のお約束だった。
　そして千歳は叫びだした。
「もういいわよっ！　買えば良いんでしょ買えば！」
「お、おい、試着はいいのか？」
「いいの！！」
　急激に変化した千歳の勢いに押され、刀は少々面食らう。
　千歳が大声を出すせいで周囲の視線が突き刺さる。誰に見られたとて怯むような刀ではないが、しかし他人の迷惑になることはなるべく避けたいところだ。
「分かった、千歳、とりあえず落ち着こう。そして会計を済ませよう」
「駄目よ。だってまだ刀君が洋服選んでないじゃない」
　声のボリュームは下がったものの、千歳はそんな事を言い出した。刀としては周りの耳目を集めたままなのは望むところでは無かったのだが、拒んだ挙句にまた大声を出されてはかなわない。
「そういえばそうだった」
　結局刀は千歳の言うことを受け入れたのだった。
　千歳が刀にと選んだのはペイルブルーのシャツである。柄こそ無いものの、木製のボタンが良いアクセントとなっている。少しウェストが絞られた型ということもあって、シンプルながら無頓着な感じを受けることはない。
　千歳の勧めるままに試着しサイズを確かめると、そのまま刀はレジへと向かった。