狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

　恵御納夏朝と恵御納夏夜は寝子ヶ浜海岸へ続く海沿いの道を歩いていた。季節に反して陽射しが強く、二人は薄手のコートの前を大きく開けた。
　最初に気付いたのは夏朝だった。
「ねえ、夏夜ちゃん。あれって鳥なのかな？」
「カラスに似ているが、少し青いようだ」
　二人は同時に足を速めて、ほぼ同じように立ち止まった。
「夏夜ちゃんが小さな藍白猫だよ」
「そういう夏朝も小さな橙白猫だ」
　二人は猫に変化した。頭の中に響くテオの声で大まかな状況を理解して、行こう、と同じ言葉を発した。
　夏朝と夏夜は並走したまま防風林を抜けて斜面を駆け下りる。
　青黒い七羽のトンビが空を旋回する。砂浜にいる猫達の油断を誘い、狙い定めた急降下を繰り返す。対抗するように引っ掻き攻撃を加えた。
「夏朝、僕達は黒白さんを取り戻す。サニーにも会わせてあげたい。わかるよね」
「戦いは他の猫達に任せるよ。寂しい思いをしている黒白さんやサニーちゃんを、ギュッてしてあげたいんだもん」
「そうだね。あと渡したい物がある。ここから少し離れよう」
　騒乱を遠目にできるところで夏夜は足を止めた。後ろ脚で立つと露わになった胸に幾つものシールが貼り付けられていた。
「それ、ろっこんの時に使う月とねこのシールだよね。全然、気づかなかったよ」
「猫になった時、道にシールのシートが二枚、落ちていたんだ。手に持つことはできないから、自分の身体に貼り付けて持ってきた。これが夏朝の分だよ」
　前脚でねこのシールを剥がし、夏朝の胸に貼り付けた。
「夏朝ちゃん、くすぐったいよ」
「動かないで。シールを一枚も無駄にはできない」
「そうは言っても、無理だよぉ」
　シールを貼り終わるまで、ほのぼのとした展開が続いた。
　数分後、二匹は真剣な目となって捜索を開始した。
　手始めに夏朝は空を見上げた。
「青黒い鳥はいないね」
　雑草が生い茂る中にいた夏夜は声の方に振り返る。
「黒白さんが分離でろろに乗って、飛んでいる可能性はゼロではないと思う」
「そうだよね。あとは流木なんかにサニーちゃんが隠れているかもしれないね」
　砂浜に目を移す。朽ちかけた木が横倒しになっていた。夏朝は近づいて胸のシールを前脚に移し、適当なところに貼り付けた。
　ろっこん『重く軽く』が発動。軽く前脚で横に押すと簡単に木は転がった。
「ここにはいないね」
「こちらにもいない。砂に埋まっていることは、ないか」
　夏朝と夏夜は懸命に探した。しかし手掛かり一つ、見つからなかった。
「ここにはいないのかも」
　夏朝の動きが鈍くなる。疲労が溜まってきているようだった。
　夏夜は考えを纏めるように動きを止めた。
「サニーの警戒心の強さを考えると、このような激闘の場には寄り付かないかもしれないな」
　青黒いトンビは七羽。相手にする猫の数も比例して多く、激闘の様子が窺える。
「そこにいる猫に情報にゃ！」
　サバトラ猫が走ってきた。滑るように立ち止まると夏朝と夏夜に話し始めた。
「分離でろろを倒すと、弱体化して黒白さんの元に戻るのか」
「夏夜ちゃん、あそこを見て」
　青黒い蝶が飛んでいた。低い位置もあり、夏夜は跳び上がって前脚で引き裂いた。弱体化を示すような靄になると、一方に向けて逃げていく。
「夏朝、追いかけるよ」
「わかったよ、夏夜ちゃん」
「幸次の役に立ったにゃ」
　サバトラ猫は他の猫へ情報を伝える為、別方向に走り出した。