狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

　自宅近くの旧市街を歩いていた瀬川天音は前触れなく縮んだ。驚いた反動で走り出す。
　――手が前脚になっています。私は猫になったようです。
　その通りで天音は栗色の小さな猫に変身していた。パニックに陥る前に異常と目的を伝える声が頭に響く。
　――わかりました。最初は滴さんを探します。黒猫のサニーさんも飼い主の滴さんを求めているのでしょう。出会うことで、どちらも救われると信じています。
　落ち着きを取り戻した天音は適当なところで立ち止まった。緑色の目を閉じて心の中で神仏をイメージした。
　――祈ります。滴さんを助けたい、みんなの気持ちを想って祈ります。
　サニーさんも滴さんを求めています。愛して欲しいのです。その無垢な心に触れて欲しい。
　その切実な想いに答えて、滴さんの居場所を教えてください。
　ろっこん『千里の願い』が発動。捜索対象のいる方角がわかるようになった。
　――この方角にいるようです。塀の高い民家があるので回り込みます。
　天音は塀に沿って走り、左手に曲がった。そのまま直進して立ち止まる。
　――ろっこんの効果が切れたようです。でも、私は諦めません。何度でもろっこんを使って滴さんを追い掛けます。
　天音は再び目を閉じてろっこんを発動させた。
「え、そんな」
　初めて動揺を見せた。真逆の方角から滴を感じた。
　――考えてもいませんでした。滴さんは一か所にとどまっていないようです。
　距離を縮めようと全力で走る。息が切れて舌が出そうになった。これ以上、引き離されないように足を止める訳にはいかなかった。
「なにを急いでいるにゃ。情報を手に入れたのにゃ？」
　太った白猫に声を掛けられた。
「情報とはなんのことでしょう」
　思わず、足を止めた。
「知らないのに走っていたのにゃ？　よく聞くにゃ。青黒い敵を倒すと、滴とやらのところに逃げ帰るにゃ。だから青黒いものをやっつけるにゃ」
「知りませんでした。それならあの青黒い蝶も敵なのですね」
　ひらひらと木の葉のように舞う蝶に前脚を向けた。
「そうにゃ。こうやって倒すにゃ」
　白猫は体型に反して動きが速く、跳び上がって噛み付いた。蝶は靄となって天音がろっこんで割り出した方角へと飛んでゆく。
「貴重な情報をありがとうございました。私も情報の拡散に努めます」
「いいにゃ。この情報の出元は倉前と深縹という人間にゃ」
「そうでしたか」
「しっかりやるにゃ」
　白猫は道路を横切って走り去った。
「私も」
　天音は少しの休憩を挟んだことで力を取り戻し、元気に走っていった。