狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

　冒険に必要な食料を求めてレグルス・シェルタンは森に踏み込んだ。
　――獣の気配は、ないか。面倒だが奥までいくか。
　腰に下げた曲刀、イフラーンの柄から手を離し、足を速めた。
　長年、使い込んだマントが翻る。革を主体にした軽装備は音を立てず、木々の間を静かに抜けていった。
　――一匹もいなかったが、これは何の騒動だ？
　森を抜けた先でレグルスは立ち止まる。開けた場所を猫が走り回り、または暴れている。野外ステージでは劇は行われず、衣装を着た人々が苦悶の表情で不満を呟く。
「ん、俺まで猫か？　二本足で立っていやがる」
　猫に変化しても特徴は残っていた。左目の上に大きな傷跡がある。全身を覆う茶色の毛は革鎧を彷彿とさせた。
「剣は使えそうだ」
　腰の柄に手をやり、引き抜くと同時に横薙ぎにした。
「まずは、どうするか」
　冷静な目で戦況を見据える。
　――あれは影か。相手を狙って槍を突き出すと。その敵の姿が、ないな。隠密に長けているようだ。
　野外ステージは、他の者の対応で間に合っているようだ。手付かずのところは、あれか。
　レグルスは視線を上げた。宙に青黒い蝶が群れを成して飛んでいる。位置は高く、手の届く範囲ではなかった。
「直接、斬れないのなら」
　イフラーンを低く構える。切っ先は斜め後ろに据えた。剣身が魔風の光の力で緑色に染まる。
　レグルスは青黒い蝶に向けて斬り上げた。放った緑色の剣閃は青黒い蝶の群れを両断した。瀕死を意味する靄となり、一方へ逃げていった。
　難を逃れた蝶は逃げ惑う。レグルスは剣閃を飛ばし、弱々しい靄へ変えていった。
「こんなもんか。あとは」
　見えない難敵との戦いに目をやる。
　ティオレ・ユリウェイスが地面を走る。突き出す槍を僅かな動作で躱した。
「今ですにゃ！」
　ミーツェ・Ｍ・フェリスが槍を掴んだ。両足を踏ん張って堪える。ティオレは槍の柄を横から噛んで力を加えた。
「今ならいけるか！」
　レグルスはイフラーンを上段に構えて袈裟切りにした。魔風の光の一閃が影の一部を斬り裂く。
「ギイイエエェェ！」
　見えない空間が叫ぶ。激しい羽音が上昇して、闇色の滴りが宙に浮かび上がる。
「あれは傷口か」
「見えるようになったわね」
　ティオレは舌なめずりして言った。
「好機ですにゃ！」
　興奮したようにミーツェが続く。
「そのようだな」
　レグルスはイフラーンを構えた姿で敵との距離を詰めていった。