狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

　星幽塔の城下町の裏路地にティオレ・ユリウェイスの姿があった。そこは人通りが少なく、歩き易いという理由でよく使っていた。
　今日は珍しく先客がいた。前方に二人組の男性がいて、ふらふらと上体を揺らしながら歩いていた。肩や肘が石組みの壁に当たっても気にしない。酔いのせいで痛覚が鈍くなっているようだった。
　その酔っ払いの話し声がティオレの耳に入る。
「おまえ、知ってるかぁ、ヒック」
「いきなり何の、ゲップ、話だー？」
「討伐依頼は出てねぇんだけどなぁ、『カラス座の森』が大変、ウップ、らしいぜぇ」
　ティオレは話の途中で別の道に入った。速足は駆け足へと変わる。
　城下町を出て森へ突っ込む。獲物を狙うような青い目を一方に向けた。
　――あそこの野外ステージはたまに踊り子として立つことがある。壊されたら貴重な収入源が減るからね。
　腰のベルトのホルダーには心強い相棒、流星の短剣が収まっている。
「この短剣が、どういうこと？」
　突然、身体が縮んだ。歩幅は極端に狭くなる。
　ティオレは青い目をした茶トラ猫に変わった。
「短剣がないし、この姿だし、まいったね」
　その状態でも目的地には着いた。酔っ払いの話を証明するかのように赤茶の猫となったフォルカ・ヴィクスンが暴れ回る。
「あたしの自慢の尻尾をどこにやったんだよ！」
　周りにいた猫達を追い回し、引っ掻こうと躍起になった。
　騒乱の最中、別の方向から羽ばたく音が聞こえる。見当を付けた辺りを見ても何もいない。近くの梢が激しく揺れた。
「何も見えないわ」
　ティオレは警戒しながら近づいていく。
　突然、影みたいな物が伸びてきた。盗賊の勘が働いたのか。ティオレは後方へ跳んだ。
　元いた場所から鋭い槍が飛び出した。
「串刺しにするつもりね」
　目を凝らし、足音を忍ばせる。フェイントを交えた歩行で脅威に備えた。
　猫になっても盗賊の本能は健在であった。