狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

　二足歩行の長毛種の白猫が白衣を着て魚市場を歩き回る。それだけではなくスケッチブックを小脇に抱え、鉛筆を持参していた。
　時に思い付いたように立ち止まり、開いたスケッチブックに鉛筆でクロッキーを描く。
「猫でも描けるのか」
　驚いたような口調ではない。旅鴉月詠は淡々と事実を受け入れた。
　歩きながら赤い瞳を他の猫に向ける。
　――生魚を頭からバリバリか。猫的にはアリだが、味のバリエーションを考えると如何なものか。
　その時、店主が月詠に話し掛けた。
「そこのクールな猫さんも魚をどうだい？」
「それもいいが、道具を借りたい」
　店主は首を傾げて、にゃ、にゃにゃにゃー？　と猫の口真似をした。
「なるほど、猫語は理解できないと。それなら絵の力を使うか」
　スケッチブックに包丁とまな板を描く。物欲しそうに眺めている今の自身の姿を合わせた。
「これでどうだ」
「変わった注文だが、いいぞ。持っていけ」
「実にありがたい」
　月詠は早速、実行に移す。スケッチブックに描いた絵を包丁とまな板に触れさせた。
　ろっこん『絵空事』が発動して対象の品を絵の中に封じた。
「こりゃ、驚いた。猫の魔法使いか」
「猫の魔女でもいいが」
　意味が通じないことを知りながら答えた。
　月詠は別のところに足を運ぶ。行く先々で道具を借りた。
「そろそろか」
　空いたスペースを見つけて絵の一部を前脚で引っ掻いた。破損したことで封印が解かれ、集めた品々が積み重なるようにして現れた。
　細長い折り畳みテーブルの上に乗った物をバランスよく並べる。まな板の上に包丁を置いた。簡易コンロの上には網を載せる。必要に応じて片手鍋も用意した。衛生面を考えて紙皿も調達。味付け用に調味料も少々。
「塩は良いとして醤油はどうなのか」
　紙皿に醤油を垂らす。口元まで持っていき、舌で舐める。尻尾がピンと立った。軽く震えながら、アリだ、と真顔で言った。
　素材の魚は青黒いアライグマのところから仕入れた。
「これが敵なのか」
　冷静な目で眺めた。
「良心か。黒白滴も人間だ。感情が一つとは限らない」
　月詠は持ち場に戻った。得た食材を使って調理を始める。