狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

【Ｃ】星ヶ丘のカフェレストラン／犬
　店に入った途端、ハルキ・イエハナは茶色のベンガルに変身した。ヒョウ柄に相応しい素早い動きで一方へ走る。
　鏡の代わりとなった窓に全身を映した。
「急に猫になると困るのだが」
　入ってきたドアをちらりと見る。
　――この姿を伴侶に見せたら喜ぶだろう。しかし、奥が騒がしい。放置は大人として無責任に思える。
　悩んだ末にハルキは奥へと向かう。カウンター席の椅子を経由して、そのままの勢いで中へ飛び込んだ。
　調理場では不吉を具現化したような三匹の青黒いドーベルマンが暴れていた。白いシェフコートを着た人物が隅の方で叫んだ。
「誰でもいい。ネズミを捕まえてくれ！」
　ハルキは獰猛なドーベルマンから目を逸らした。腹這いのような姿勢となって隅々まで眺める。丸々と太ったネズミが隙間から隙間へ駆け抜けていく。何匹もいるようだった。
「早くしてくれ！　まさか、猫の姿をしていながらネズミの仲間なのか！？　こうしてやる！」
　仕掛けようとしていたとりもちシートを方々に投げ付ける。一匹の猫が巻き込まれた。毛に張り付いたシートは少し暴れた程度では剥がれなかった。
　牛瀬巧はキジトラの猫となってドーベルマンと戦っていた。そのシートは巧の右手から飛んできた。邪魔や、と言って猫パンチで叩き落す。ボクシング部の顧問を務めるだけあって切れのあるジャブだった。
　目にしたハルキは武者震いをした。
「俺もやるか」
　ばらまかれたとりもちシートの端を噛んでネズミの通り道に仕掛ける。
　早速、一匹が掛かった。甲高い声で鳴くが横倒しの状態から起き上がることはできなかった。
「高いところにも」
　調理台を利用してリズミカルに大型冷蔵庫へ飛び移る。壁際にとりもちシートを置く。その間にドーベルマンとの戦いは激化していった。激しい衝突によって調理器具が落ちて金属音を響かせる。
「俺にできることは」
　シンクの中に寸胴が置かれていた。上から見るとはっきりわかる。太い牛骨が何本も入っていた。
「使えそうだ」
　ハルキはドーベルマンの行動を窺いながら降りていった。