狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

　ふわふわした長毛の金色猫が店内をゆっくり歩く。
　――おしゃれなお店ね。はぐれなかったら旦那様と一緒に来たかったわ。
　のんびりとした様子は猫になっても変わらず、恵御納理沙は青い目で見て回る。
　何かが割れる音を聞いた。
「何かしら？」
　店内を歩き回っても割れたグラスは見つからなかった。青い目は自然と調理場へと向いた。

「あら、大変」
　一歩を踏み出した理沙は動きを止めた。青黒いドーベルマンが怒り狂った状態で暴れている。同色のネズミは走り回り、白いシェフコートを着た人物が頭を抱えてしゃがんでいた。
「誰かネズミを何とかしてくれ。もう滅茶苦茶だ」
　――猫だからネズミは何とかなりそうだけれど、ドーベルマンは。
　その不安を振り払う出来事が目の前で起きた。大型冷蔵庫の上にいたハルキ・イエハナが咥えた牛骨をタイミングよく落とす。
　一頭のドーベルマンの頭を直撃した。不意打ちのような攻撃にもんどり打って倒れ、尚も床を転がって壁に激突。その衝撃で吊るしていた鍋が次々と落ちてきて、キャン、と弱々しく鳴いて青黒い靄となった。
「調理器具を利用すればいいのよ」
　前を走り抜けようとしたネズミを猫パンチで叩く。ぐったりしたところを咥えた。近くにあったとりもちシートの中に放り込んだ。
　ふらふらと飛んでいた青黒い蝶は引っ掻き攻撃で靄に変えた。
「意外と私、凄いのかも」
　気を良くした理沙は調理台に飛び乗る。まな板に骨を裁断できそうな包丁が置かれていた。柄の部分を咥えて持ち上げようとした。
「重すぎて持てないわ～」
　困り果てた顔で周りを探す。デキャンタの側に一本のアイスピックを見つけた。
「あれなら」
　跳び付くようにして柄を噛んだ。問題なく持ち上げられた。突き刺すような動きも軽やかで自信を深めた。
　――力のない私でもドーベルマンと戦えるわ。
　青い目は静かに燃える。