こんにちは、不通の日｜リアクション

こんにちは、不通の日

　陸上部で慣らしたフットワークで後木真央は、道すがら出会った美猫にカツブシとマタタビを献上しつつ、港へと到着した。そこで小山内海と合流し、協力しあって港の野良猫たちをフツウ猫に戻していった。
　しかし猫にもマタタビ好きとそうでないものがいる。日の経ったカツブシを嫌うものもいる。見境のない野良猫たちは勝手に寄ってきてくれたが、残る一部の野良猫は、海と真央の餌には見向きもしなかった。
「すばっしこいから、目を見る前に逃げられるのだ」
『あとすこしなんだけどね』
　港を忙しく走り回る真央と海。それを見下すように、不通猫たちは市場の屋根や木の上へと逃げていく。
『もっとしんせんなさかなをみつけないと』
　とはいえ今日は市場が休みなのか、それとも異世界だからなのか、周辺に魚は見当たらない。
「このままではおネコさまだけの世界から帰れないのだ！　別に真央ちゃんは構わないけど、困る人もきっといるのだ！」

「えーっと、はいはい」
　港で途方に暮れる２人の背後で、すらりと伸びた長身の少女がぱんぱんと手を叩いた。桃川圭花の登場だ。
「本日はお日柄もよく親族一同云々かんぬんとかそのあたりは纏めて割愛しまして」
　あごを若干前に突き出すようにして、得意気な笑みを浮かべ、絶賛警戒中の不通猫たちを見回した。
「パーティへようこそ」
　圭花が掲げたのは解凍された海産加工品。かまぼこ、イカの薫製、紅鮭の半身に貝類も豊富だ。どんな食わず嫌いな猫も、どれか一つは好みがあるだろう、というくらいのバリエーション。
　妨害電波を発する不通猫もすでに挨拶を済ませたフツウ猫も、次から次へと、花の蜜に飛びつく虫たちのごとく、「こんなにいたの！？」というくらい圭花の元へと集まってくる。
『すごい』
「やったのだ！　こんにちはなのだ！」
「ふふ……こんにちは、こんにちは」
　ニヤニヤが止まらない圭花。２人には見えない角度で、人間にはそうそう見せない顔で猫たちに挨拶して回る。
　たくさんの猫たちに囲まれ、挨拶しきるのにも苦労するくらい、しばし至福ムードの３人なのであった。

　一方、そこからは少し離れた堤防の先。亜魚隈猯利は停泊していた小さな漁船へと侵入していた。
「フーッ」
　船に住み着いた猫が、猯利に火を吹く。花火のように弾けた尻尾が特徴的だ。
「……」
　威嚇猫を尻目に、平然とした態度でヘリに寄り、釣りの準備を始める。
「フーッ」
　さっきよりも大きな威嚇が聞こえる。しかも共鳴しているようだ。猯利が気だるく振り向くと、そこには同じ尻尾を持つ猫の一家が、並んで猯利に睨みを利かせていた。敷かれた木板に、研ぎ爪が力んで食い込んでいる。
　これはちょっと嫌な予感だ。
　先住猫に包囲される猯利、ろっこんを使って急場を凌ごうとする。慌てて携帯を取り出して、身を守れる姿に変身しようと思うが、
（釣果を撮るために画像を削除したんだった……）
　フォルダの中は空っぽだ。
（ネットで探すしかない）
　ブラウザを立ち上げようとして、猯利は絶望した。ネットに接続できません、の表示。そうだった、ここには電波妨害猫がはびこっているのだ。
「こ、こんにちは」
　引きつった笑いで、今さら挨拶する不法侵入者。さりげなく携帯を確認する。どうやら彼らはフツウの猫だったようだ。
「ごめんよ、別に君たちの家を荒らす気だったわけじゃわああああ！」
「プシャー！」
　猫一家の鋭い爪が、無防備な猯利を襲う。

　もしテオがそこに居合わせていたらこうつぶやくだろう。事態の解決に協力しなかった者への当然の罰だよ、と。

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