LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

　シーサイドタウンのアパートで志波武道は一人暮らしをしていた。昼を回った頃、ようやく寝床を離れて冷蔵庫の扉を開ける。
「あー、これはダメなヤツだ……」
　一目で理解した。ペットボトルの水はあるが、他には何もない。卵一つ、見当たらない状況に苦笑いを浮かべる。
　武道はのろのろと着替えた。スラックスのポケットに財布を押し込み、生欠伸を噛み殺して玄関へと向かった。
　黒い靴を履いてドアを開けた。外に出た途端、容赦ない陽光が照り付ける。
「あっちー」
　黒と白の半袖シャツの重ね着に早々と後悔した。胸の辺りを摘まんで何度も前後に引っ張る。望んだような風は起こらず、数秒で諦めた。
　鼻筋に掻いた汗で、ずり落ちる眼鏡のブリッジを中指で押して歩き始めた。
「こう暑いと海が見たくなるよねー」
　足は寝子ヶ浜海岸に向かう。人波を避けるように細い道を選び、寝子島街道に出た。
「オアシス、はっけーん♪」
　街路樹が落とす陰に入ると武道は足を止めた。身体の中の熱を放出するかのように息を吐いた。
「涼しい～」
　吹く風の方向に顔をやり、薄っすらと目を閉じた。全身の力が抜けて両腕をだらりと下げた。
「なんだ？」
　足元を見ると白黒のぶち猫が脛の辺りに頭を押し付けていた。武道の視線に気付くと急に鳴き始めた。

「腹でも減っているのかな」
　猫は抗議するように連続で鳴いた。靴に向かって猫パンチを繰り出す。
「もしかして違った？」
　猫は姿勢よく座ると、にゃ、と短く鳴いた。尻を上げてくるりと回って歩き始める。
　武道は黙って去り行く背中を見ていた。猫は振り返ると怒ったように鳴いた。
「付いて来いってこと？」
　言いながら歩くと猫は黙って歩き出す。

　猫が先頭をゆく。付き従う形の武道は声を掛けた。
「どこまでいくんだ？」
　猫は振り返らず、にゃ、と短く返した。
　前方に寝子ヶ浜交番が見えてきた。その手前の街路樹の陰で猫は立ち止まった。後ろを振り返ると、にゃー、と強めの声で鳴いた。振る尻尾が武道を招いているように見えて速足となった。
「ここなのか」
　猫は答えず、座った姿で上を向いた。視線の先が気になった武道は同じように目をやった。
　別の子猫と視線が合った。木の枝のたわんだところで丸くなっている。よく見ると小さな身体が小刻みに震えていた。
「木登りに夢中になって、降りられなくなったんだね」
　武道は踵を上げた。両手を伸ばすと子猫は怯えたような目で身を固くした。
「大丈夫だよ。怖くないから。すぐに助けてあげるからね」
　優しく語りかけながら両腕を伸ばしてゆく。前脚の下に両手を差し込んでゆっくりとした動作で降ろした。
　二匹は歩道で寄り添う。子猫は甘えた声で鳴いた。白黒のぶち猫は世話を焼くように全身を舐め始めた。
「親子なのかな」
　武道は笑みを浮かべた状態で腹に手を当てる。
「俺も限界だ」
　猫の鳴き声に混ざって武道の腹が鳴った。