LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

　暑い夏にこそ熱い物で体力をつける。桐野正也が右手に持った揚げ物から、そのような主張が聞こえてくるようだった。
「どこも人が多いな」
　落ち着いて食べられる場所を目で探す。その都度、多くの人に阻まれ、移動を余儀なくされた。
　速足で歩きながら目は揚げ物を気にした。立ち上る湯気が見えなくなった。紙袋を握る手にも注意を向けた。
「冷めてきたのか？」
　表情に焦りが見え始める。薄暗い路地を見つけて入るとアロハシャツを着た若者がたむろしていた。赤や黄色に染色された髪が目に留まる。奥に座っていた人物は髪を青く染めていた。
「……信号機だな」
　感想を呟いて引き返す。人通りの多い道を嫌って脇道に飛び込む。早々と居酒屋が営業をしていて怒号が絶えない。
「ここもダメだ」
　正也は酒臭い道を突っ切って寝子島街道に踏み込んだ。人の姿はほとんどなかった。火照った身体を冷やすように風が吹いている。
「ここなら」
　更に足を速めた。道路の向こう側に寝子ヶ浜交番が見える。
　正也は街路樹の木陰で立ち止まった。目が鋭くなる。人は少ないが代わりに猫が多く見られた。誰かが引き寄せているかのように秒単位で増えてゆく。
「待てよ。冗談だよな？」
　猫達は寄り集まって正也を見る。正確には右手に持った揚げ物を狙っていた。
　一群となった猫達は揃って前進を始める。一斉に鳴く声は威嚇のようにも思えた。
　正也は目で逃げ道を探す。近くの歩行者信号は赤だった。すぐに飛び込めるような脇道はない。陸上で鍛えた脚であっても直線で猫から逃げ切る自信はなかった。
「どうするか」
　揚げ物に目をやる。瞬間、大きく口を開けた。
　先頭の猫が飛び出した。齧り付こうとした行為を阻止。他の猫達も一斉に走り出す。
「待て、待て！」
　叫んでも猫は止まらない。揚げ物を狙って跳んだ。交わすと次の猫が突っ込んできた。
　猫の波状攻撃に驚きながらも正也は柔軟を活かして躱し続けた。
「いつまで続くんだ！」
　十数匹の猫が正也に一斉に襲い掛かる。そのまま後ろを振り返らずに走って戦線を離脱した。
　呆気ない終わりに正也は半ば放心した状態で見送った。
「なんだったんだ？」
　疑問を口にしながらも表情は和らいだ。改めて右手に目をやると表情が一変した。
「ないだと！？」
　落とした訳ではなかった。考えられることは一つしかない。
「……猫にやられた」
　首が折れるくらいに俯いて肩を震わせる。怒り出すと思いきや、急に笑い出した。