LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

　焔の色した瞳に蒼白く揺らめく火の玉の色を映しても、黒髪の少女を背に乗せのしのしと練り歩く巨大な化け猫を映しても、夏神零の足取りは平静なまま。
　傍らに揺蕩う耳福池をすう、と流れ寄せてくる巨大な蓮の葉の上には何故だかひどく緊張した様子の男女、池の畔には団子になってくっつきあう猫たちに塗れてうつらうつらうたた寝する青年。猫やあやかしたちが行き交う怪しげなお祭りを長椅子に腰掛けて並んで眺めているのは、偶然行き会ったのだろう寝子高の数学教諭と女生徒。少し離れた猫のかたちした岩の上にはどんな教科も難なくこなすという噂の金髪の教諭と少女、それから浴衣姿の人間が多い中にあって一目でメイドと分かる衣装を纏った白髪交じりの金髪の老女――
　それぞれの人々がそれぞれにこの奇妙ながら賑やかなお祭りを楽しんでいることを瞳に捉えつつ、零は悠揚たる足取りで猫とあやかしに溢れる池畔の小路を歩く。
　人ならざるものたちが祭りに浮かれて舞う空をふと仰げば、星空を流星の如き影が翔けた。高い空から己だけを目指して駆け降りて来る鋭い翼に、

「――リン」
　零の唇が綻ぶ。
「追うて来てくれたか」
　ある日迷い込んで来たかと思えば懐いた雌鷹――リンの翼を肩に休ませ、零は気付けば佇んでいた祭りを見渡す。
「さて、……」
　寝子島に住んでいれば、このくらいの不可思議は日常茶飯事。
(驚いていては身が持たぬ)
　化け猫に運ばれてゆく女子の手にはりんご飴、長椅子の女子の手にはたこ焼き、猫岩の女子の手には鮎の塩焼き。耳福池に沿ってずらりと並ぶ屋台にはフツウのお祭りで見かけるようなものを多く扱っている様子。
　リンの首元をそっと撫でてやっていて目に留まったのは、浅い水槽の中でひらりひらりと涼し気に鰭を靡かせて泳ぐ金魚たち。
「ご主人、拙者も良いでござるか」
　金魚すくいの屋台の奥で香箱を組んで座っている猫の主人に声を掛ければ、蒼白い人魂がモナカで出来たポイを渡してくれた。
　水槽の前にしゃがみ、ポイを構える。背後に見物に立つ猫やあやかしたちのわやわやとした声を気にする風でもなく、極く自然ながらも流麗な動きで一際紅い金魚を一匹掬い上げる。おおお、とあやかしたちの喝采を受け、零はほんの少し照れて瞳を伏せた。
　掬い上げた金魚の泳ぐ水入り袋を手に再び歩き始めて気が付いた。
　ゆらり、肩先で熱持たぬ蒼白い炎がご機嫌に揺れて踊っている。
　ひとの大きさした金魚を筆頭に数尾の金魚たちが夜に浮かび、ゆらゆらと薄紅の鰭を舞わせている。
　己に憑いて回る気満々のあやかしたちを一眺めして後、零は寝子島の夜空を仰いだ。
「……まあ、たまには」
　こういうのも、悪くはない。