LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

◆寝子ヶ浜交番前の交差点

　寝子島街道に面したところに寝子ヶ浜交番はあった。坂の上の方には寝子島高校があり、放課後を迎えると生徒達が会話を楽しみながら下って交番を通り過ぎた。そのまま南下すると寝子ヶ浜海岸に行き当たる。白い砂浜に降りると一様に素足になって青い海と戯れた。そのような姿が日常の光景となって久しい。

　その日も陽射しが厳しく、人々は半袖やノースリーブで涼を求めた。
　水槻清恋は上下のスーツをかっちり着て島内を巡る。泥臭い刑事らしく、情報は足で稼ぐと言わんばかりに精力的に聞き込みをして回った。有力な情報を得られる度にメモ帳に要点を書き込む。

「昼のようね」
　清恋は路肩に停まったキッチンカーに近づく。車体の横に張り出されたメニューを目にしてホットドッグとコーラを注文した。周囲にベンチはなかったので電信柱を背もたれにして、その場で食べた。乾いた喉にコーラを流し込むと目を瞑り、瞬間、気の抜けた顔で息を吐いた。
「生き返るわ……」
　呟いて残りのホットドッグを口に押し込んだ。添えられた紙はクシャッと手の中で潰した。殻になった紙コップと合わせて近くのゴミ箱に投げ入れた。
　次の行き先をスマートフォンで確認すると大股で歩き出す。近道となる脇道に入った途端、見えない壁にぶつかったかのように足を止めた。
　暗がりに同化するように黒猫がうずくまっていた。双眸だけは別で金色に輝いている。目にした瞬間、顔を背けた。鋭い音を立てて踵を返し、走って元の通りに戻った。大回りを覚悟して速足で歩く。
「猫は無理」
　思い詰めた顔で、一度、大きく身を震わせた。

　予定していた聞き込みを全て終えた。清恋は警察署に戻る為、寝子島街道を緩やかな足取りで進む。道路の向こう側にある交番に、ふと目がいった。ほぼ同時に歩行者信号が点滅を始める。
　――確か今年の四月に配属された警察官がいるのよね。
　頭に過った瞬間、清恋は飛び出して道路を渡った。簡素な作りの交番に警察官の姿が見えない。隣接した駐車場は空いていた。パトカーに乗って島内を巡回しているようだった。
　苦笑した顔が一瞬で引き締まる。目を忙しなく動かす。
「猫は、いない？」
　口にした直後に両手を胸元で構える。耳が猫の微かな鳴き声を拾った。清恋は交番の前で後ずさり、左右を警戒した。
　――姿が見えないわ。一体、どこにいるのよ。

　とんと頭を踏まれて表情が固まる。両膝が細かく震えた。両手は何かを掴むような形で頭の上を目指し、途中で止まった。
　――そんな漫画のような展開が、あるはずがない。頭の上に都合よく猫が降ってきて乗るなんて、絶対にあり得ないわ。
「にゃ～」
　その鳴き声は頭の上からはっきり聞こえた。黒目は上を見過ぎて白目となり、半開きの口の状態で完全に固まってしまった。