LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

◆耳福池のほとり

　つと伸ばした指先に乳白色の霧が触れた。
「ん、……あれ？」
　薄茶の瞳を瞬かせ、ロベルト・エメリヤノフは緋色の前髪に触れては小さな雫となる霧を指に握り込む。
「ええと、……」
　呟く唇にもひんやりとした白霧が触れる。いつ纏ったのかも覚えていない浴衣の袖を濡れた指先でつまんで首を傾げたとき、
「わっ」
　脛のあたりに温かなナニカが触れた。ぎくりと足を止めて、それまで歩いていたことに気づくロベルトの足元、霧から生まれたような白い猫たちが一匹二匹とまとわりつく。にゃあにゃあ、にゃーん、しきりと鳴いては脛に腹や尻尾をぐいぐいと押し付けて来る。
　知らぬ間に知らぬ場所に迷い込んでいたとは言え、これはこの島に住んでいればよくあること――なのかもしれない。少なくとも害意は感じられないと判断して、ロベルトは人懐っこい白猫たちの傍にしゃがみこむ。
「こんにちは、……こんばんは、かな？」
　手を伸ばせば我も我もと頭をこすりつけて来る猫たちを順繰りに撫で、遠慮会釈なく膝や背中によじ登って来る猫を抱き上げて頬ずりすれば、お返しに冷たい鼻を押し付けられる。ざらざらの舌で頬を舐められて笑ううち、ふわり、髪を風が撫でた。上げた視線の先、白霧が生き物のように宙を泳いでゆく。風に流れる霧の合間、濃藍色の夜空が見えた。
　白龍が天へ渡って行くように霧が晴れたその先に見えるは、森に囲まれた池。池の中に建つ朱色の鳥居の姿に見覚えがあった。
「耳福池、か……？」
　にゃあん。耳元で猫たちが笑う。たくさんの肉球の小さな手がとすとすとす、と背中を押す。思わずよろけた先、池のほとりに申し訳程度に巡らされた柵が見えた。更にその先、星空を映す水面でにゃうにゃうと手招きする猫たちの姿も。
「わ、わわっ……？！」
　咄嗟に振り返るロベルトの視界の端には、くすくすと笑う猫たち。尻尾に蒼白い光をゆらりと宿し、しなやかな身体の周りにも火の玉めいたお供を連れたあやかしの化け猫たち。
　にゃんにゃんにゃーん、水面で猫たちが笑う。オイデオイデと水中に誘う。
「ま、待って待って、わあっ？！」
　その場に踏ん張ろうとした足元に猫たちが絡みつく。踏んづけまいとたたらを踏んでも、身体は容赦なく傾いだ。落ちる、と思わず目をぎゅっと瞑って、――もふり。頭からもっふもふで柔らかなナニカの上に落っこちた。
　そっと目を開いてみれば、落ちたのは耳福池ではなく重なり合って猫だんごを作っていたたくさんの猫たちの真ん中。落ちて来たロベルトに怒るでもなく、猫たちはもそもそと動いて位置を整える。
　尻尾に頬を撫でられ瞬くばかりのロベルトの眼に映るは、提灯をくわえてしゃなりしゃなりと池のほとりを歩いてゆく猫たち。灯りにふわりと照らし出されるのは、いつもは静かな耳福池とは違った賑やかなお祭りの景色――