LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

　腕相撲の決着も付き、古武術道場の面々と雨梨栖母娘は思い思いに路地で猫たちと戯れている。
　夜の色はさらに深まり、遠くのビルの屋上の「CAT inn.」の黄色いネオンが明るく瞬いている。

　シオ・レイゼルオークは洒落た房付き座布団を二段に重ね、抱いていたお三夜さまをその上に座らせた。
「腕相撲、楽しかったですね」
「うむ。愉快なものを見せてもらったにゃ」
「私たちもしてみませんか、腕相撲」
「私とシオ殿とで腕相撲勝負かにゃ？」
　猫と人とでどうやって、とお三夜さまが不思議そうに首をかしげると、シオはにこにこしてお三夜さまの片手を持ち上げ、その肉球の下に自分の人差し指をちょんっとくっつけた。
「私の指を力いっぱい押してくださいね。行きますよー。はっけよーい、のこったのこった」
「にゃにゃにゃ？」
　突如始まった押し合いっこ。
　よくわからないが、勝負というのだからつい真剣になる。
　お三夜さまはぎゅぎゅっと力を込めて、ぷにぷにの肉球でシオの指の腹を押した。
「ああっ、この感触！　堪らないですねー」
「真剣にやらぬか」
「ええ、ええ。もちろん真剣ですよ。でも指先だけに力を入れるのって案外難しくてーあらぁ」
　ぐいとお三夜さまの肉球がぐいっとシオの指を押し切った。
　最後一瞬、シオがわざと力を抜いたようにも見えたが、お三夜さまは興奮して気づいていない。
「勝負あり！　勝ったにゃ！」
「負けてしまいました」
「なんにゃ、シオ殿。負けたのに嬉しそうにゃ」
「こうしてお三夜さまと遊べるなんて、そりゃあもう、嬉しいに決まっていますよ」
　シオはにこりと目を細めて笑む。
　お三夜さまは胸を張って赤い瞳をシオの方へ向けた。
「うむうむ。千年生きたが、このお三夜と腕相撲した人間はシオ殿だけにゃ」
「光栄です。ありがたき幸せ。今宵のことは一生忘れないですよ」

◇

　落書きだらけのコンクリート塀の上に腰かけて、下界というか塀の下で繰り広げられていた喧騒を楽し気に眺めていたのは橘明里とエヴァ・ブランシェであった。
　明里はうつぶせに寝転がって、くつろぐ猫たちをぬいぐるみみたいに抱いて足をぱたぱた。
　エヴァは手にした扇子をぱちりと閉じたり開いたり。
　弓のかたちに口角をあげ、いかにも愉快そうである。
「猫たちはこの猫集会でいったい何を話しているのかしらね」
　シャッターの閉まった建物の上では、二匹の猫がまなこを細めてにゃあーなあーとささやき合っている。
「いい夜ですねーお月様きれいですねーっていってるのなのかな」
　明里はほんわか、そんなことを答える。
「もっと秘密の話をしているかもしれないわよ」
「秘密、ってどんな？」
「じつは某国の諜報機関に所属するエージェント猫で、マークしている国際窃盗団が次に盗むものについて情報交換しているとか」
「はにゃっ、あのネコちゃんたちがエージェントなのなの！？」
「ええ、そう。きっとそう。森繁美術館で展示中の名画が狙われているって話しているのよ」
　なんでも信じる明里の反応が面白くて、エヴァ口から出まかせの物語を次から次へと語って聞かせる。
　明里はそれらをぜんぶ信じた。

「猫の集会はおもしろいのなの！　あたしが知ってると思ってた世界がひっくり返ったみたいなの！」

　猫たちの瞳はきらきら、月の光を映して黄金色。
　ほんとうのところはなにもわからない。
　たしかなのは、吸い込まれそうなほど大きな月が、天に架かっていることだけだ。
「いい夜ね」
　月の匂いを含んだ風が、くすくす笑いを続けるエヴァの金髪を揺らしてゆく。
　おだやかで、ほんとうにいい夜だった。