LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

　にわかに路地の向こうが複数の人の話し声でにぎやかになった。
　ジャージ生地の藍色和服に黒色馬乗袴という稽古着姿の女子たちが、師匠と思しき和装の女性を伴って、深夜の路地裏に現れる。
　切れ長の目でナローポニーテールの琴触昴。
　金髪ポニーテールで関西弁の鹿園斐美。
　黒髪を結いあげているのは黒夜叉の異名を持つ吉住志桜里。
　明るい白灰色の髪のとくに大柄な女性は白夜叉こと吉住獅百合。
　四人ともギリシャ型という中指がほかの指より長くて美しいかたちをした足の持ち主で、昴が26cm、斐美が25cm、志桜里が28cm、獅百合が30cmと女性の標準より皆サイズが大きい。足のサイズが大きい子は背が伸びるという迷信めいた話を子どものころ誰かに聞いたが、四人は迷信に違わず、図体のほうも並みの女性より大きかった。とくに獅百合は190cmを超えていて、167cmの昴と斐美が小さく見える。昴も斐美も、クラスメイトの女子と混じると、頭一つは抜けるのだが。
　そんな彼女たちは纏う稽古着からもわかるようにある古武術道場の門下生で、学校が終わった後に道場で師匠に稽古をつけてもらった帰りだった。

「気のせいかもしれないが、私ら道に迷ってないか」

　皆がうすうす気づきながらも口にせずにいたことを、昴はとうとう口にした。
　あたりは薄暗い。まばらに立つ電灯。ロックバーらしき店のネオンサイン。
　どこをどう歩いたものか、見覚えのない路地裏に迷い込んでしまっている。
「ここどこやー？　こんな場所、寝子島にあったっけ？」
　斐美はきょろきょろあたりを見回し――。

「あっ、猫が集会しとるー！」

　破顔する。路地裏には不可思議なほど猫がいて、古武術道場の――人間ですらその迫力にたじろいでしまいそうな――面々の姿をみても、くつろいだ姿勢を変えることはない。
「よーしよしよし。おいで」
　獅百合は屈みこむと、ちっち、と舌を鳴らして、近くにいた艶めく毛並みの茶猫を手招きした。
　はじめ茶猫は警戒していたが、巨大猫科の動物みたいな獅百合が大あくびをしてリラックスする姿に警戒心を解いたようだ。ゆっくりと獅百合の匂いを嗅ぎながら近づいてきた茶猫は、さいごにはまるで親猫に甘えるみたいに獅百合の膝に乗ってきた。
「んー、いいこですね。あったかくて気持ちいいっ」
「シロが寒がりなのは知ってますが、まだ猫カイロが必要なほどでもないでしょう」
　寒さが苦手で、炬燵があれば篭り、ソファーがあれば丸まっている。獅百合はそういうところがある。
「猫のぬくさは春夏秋冬いつでも好いものよ、クロ」
　どうやら獅百合はしばしここで猫と戯れることに決めたらしい。
　獅百合だけでなく斐美までもが猫を抱っこして頬ずりしたりしているのだから困ったものだ。
「皆さん、師匠を駅に送っていくはずだったのでは？　こんなところで道草を食っていては電車の時間が――」
　志桜里がそう訴えかけたとき、聞き覚えのある声が背後から響いた。

「その黒髪、その図体――もしやしおパン？　こんなとこで会うなんて奇遇だね」

　志桜里はすぅ、と目を細め、呼吸を整えるとゆっくりと振り返る。
「ええ本当に。奇遇ですね」
　思った通りだった。
　雨梨栖芹香。
　志桜里の中学生時代からの悪友で、いまは不良の多い木天蓼工業高校（通称マタ工）でちゃらちゃらと生きている、宿敵ともいえる女だ。なぜ宿敵かといえば――、
「こんなところで何してたのよ、しおパン」
「しおパンではありません」
「んじゃ、パンＴ」
「その破廉恥すぎる綽名で呼ぶのは、本当に止めてもらえません？」
「今更恥じらうようなタマじゃないでしょ。パンツが見えようが力任せに暴れ回わるＴレックスのようなデカ女だから『パンＴ』。我ながらナイスネーミングだと思うんだけど」
　芹香の軽口に、志桜里が殺気を滾らせたその瞬間、それまで気配を消していた師匠がすっと前に出た。

「そこまでになさい。猫たちが怖がります」

　芹香の顔が、げえっと歪む。
　それもそのはず。
　師匠こと雨梨栖香蓮は、芹香の継母なのである。
　若干２７歳。流れる水と浮かぶ花を描いた小袖に、薄紫の打掛を羽織った姿は、白蛇の化身のようにたおやかで艶めかしい。短く切りそろえられた黒髪と顔だちは少女のように幼いが、口元の黒子のせいか、あどけないとは感じない。その存在感はむしろ年経た妖のような趣すらある。
　彼女こそ、志桜里たちが学ぶ喧嘩殺法に似た古武術の師範なのであるから、世の中わからないものだ。
　香蓮は芹香へ近づくと、月あかりでも睫毛の一本一本まで見えるくらいまで顔を近づけ、花のほころぶような笑顔で言った。
「芹香さん、教えてくださる？　こんな時間に寝子島くんだりまで来て、いったい何をしてらしたのかしら」