寝子島神社のほおずき市｜リアクション

寝子島神社のほおずき市

　ひとの多さと暑さに嫌気が差して、ついでにこれ以上境内にいると元より少ないお小遣いを使い込んでしまう気がして、月原想花が足を向けたのは境内から坂道を上った先にある耳福池のほとりだった。
(……うん)
　猫鳴館に住んでいるお陰で幸か不幸か山歩きには慣れてしまった。息も切らさず水辺に立てば、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
　境内とは打って変わった人気のなさと涼しさに一息ついて、夏風に揺れる木立の映る水面をのんびり眺めていると、
(……あんなところに洞窟なんてあるんだ)
　旺盛に茂る夏草に隠れるように、山肌にぽっかりと口を開く洞窟が視界に入った。ふらりと水辺を離れ、薄暗い洞窟の入口に立つ。なにごとにも怯えてしまう自分がどうしてそんなところに近づいてみようと思えたのか、それは分からないまま、想花は手折りのほおずきを手に洞窟をそっと覗き込む。
　ひやり、水辺よりも冷たい空気が足に触れた。
　入口近くから奥へと等間隔に置かれた石灯籠がちょっと不気味だなと思った途端、ふわりふわりと灯籠に蒼白い炎が灯って揺れる。
「な……」
　首筋を粟立たせながらも、怖いもの見たさが勝った。そっと踏み出し、狐火の灯籠を辿る。足元の悪さを狐火を頼りに進めば、不意に視界が開けた。
「ん、よく来たの」
　迎えてくれたのは竹箒を手にした着物姿に狐耳に複数尾姿の少女。何故だか地面に散らばる数百数千の花を掃いている。ドーム状の空間から通路に掃き出された花々は、途端に煙のように次々と消えてなくなった。
「なん……」
　大きな空間の真ん中に敷かれた大きな布団とそこで唸りながら寝込む大きな大きな狐の姿に言葉を失う想花の前、二匹の子ぎつねがぱたぱたと駆け寄って来る。
「ほおずき！」
「ほおずきちょうだい！」
　近づくなり狐耳と尻尾を生やした子どもの姿となった彼らから大狐の病を治すためにたくさんのほおずきが必要なことを聞き出し、想花は元より処理に困っていた手折りほおずきをプレゼントする。
「役に立てるなら」
　ありがとうと笑う子ぎつねたちに小さく笑い返しながら、想花は苦しそうな大狐を見遣ってそっと祈った。
(……早く治るといいね)
　祈る想花の耳に届いたのは、病床に似つかわしくない賑やかな笛の音。ぱちりと瞬く想花の前、長い銀髪の少女に率いられた子ぎつねたちの楽団が通りすがる。
「もふもふもっふもふー、なのですー」
　さあご一緒になのですー、と手を引かれるまま、押しに弱い想花はあれよあれよと大狐を励ますもふもふ楽団に取り込まれた。

「……ええと」
「ええと……」
　大きな布団にくるまりうめく大狐に、ずらりと並んだいくつも大鍋でほおずきを煎じた薬を一生懸命に作る狐耳と尻尾の女の子に子狐たち、それから布団の周囲を巡っては笛を吹いたり踊ったり歌ったりする女の子たちと子狐たち。
　幻想的にも不気味にも思える狐火の通路を潜った先に広がったなんとも言えない景色に、初瀬川理緒と佐和崎紗月は絶句する。
「あっ、ほおずき！」
「しっぽとお耳、ごめんなさい！」
　鍋の具合を見つめていた狐耳の子どもたちのうちの何人かがぱたぱたと駆け寄って来て、揃ってぺこりと頭を下げる。途端、頭の狐耳も浴衣のお尻のもふもふ尻尾も煙のように消えて、ふたりは顔を見合わせた。
「ほおずき、薬にするの？」
　臥せる大狐と看病に大わらわの子狐たちの様子から事情を読み取り、理緒が問えば、子狐たちは三角耳をぱたんと揺らして大きく頷いた。
「煎じて父さまの薬にするの」
「ほおずき、いっぱいいるの」
　ひとの子の姿した子も狐の姿した仔も、皆で顔を見合わせて真剣な様子で頷き合う。
「お父様、早く治るといいね」
　子狐たちの傍に紗月が浴衣の膝をつき、手にしていたほおずきを鉢ごと差し出す。いいの？、と瞬く子狐に、いいの、と笑う。
「そうそう、元気になるといいね」
　紗月の隣に腰を屈め、理緒もうっかり買ってしまったほおずきの鉢を渡せば、子狐たちはふたりから貰ったほおずきの鉢を神輿のように掲げて跳ね回った。
「もっふもふー、なのですー。踊って歌って狐さんの回復祈願なのですー」
「……うん、もう思い切り歌って踊った方がいっそスッキリする、かも……？」
　大狐の布団の周りで歌って踊る子狐たちの群れの先頭に立っていた白銀の髪の女の子と眼鏡の女の子に誘われ、ふたりはまた顔を見合わせる。
　ふふ、と笑みを零したのはどちらが先か。
「踊っちゃおっか、紗月」
「歌っちゃおうか、理緒」
　額を合わせるように頷き合って、浴衣姿の理緒と紗月ももふもふ音頭の輪に加わった。

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寝子島神社のほおずき市

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