レディ・ロゼッタの運命考察｜リアクション

レディ・ロゼッタの運命考察

【2日目夜】
　夜の闇にまぎれそうな黒い髪。だがその全身は見たものをひるませるような気迫を放っていた。御剣刀は一人待つ。
「来るか？　……いや。俺はあいつを待つだけだ」
刀はネコ島chにひとつのスレッドを立てていた。知らない者が見れば、ただのくだらないいたずらにしか見えない発言。だが、わかるものが見ればすぐわかる手がかりがいたるところに散りばめられていた。
『怪人セブンへ――神が手放した魂とそれを受け取った者の話です。神話に首を突っ込んだ占い師が、あなたに用があるらしい。興味がわいたなら、シーサイドタウンをさまよう【憤怒】に声をかけて下さい。占い師のところへ案内します』
背中に背負った竹刀袋には木刀が入っている。これでやりあうつもりはないが、万一の場合の備えだ。刀は放課後からずっと、シーサイドタウンのビルの陰や裏路地、猫も寄り付かないような廃ビルの合間を行く。日はとうに暮れ、時は深夜になっている。それでも刀は歩き続けていた。

「やあ、【憤怒】。待たせてしまったかな」
「！」
気配は感じなかった。驚く刀を声は制する。
「おっと、振り向かないで。話をしたいだけなんだろう？」
刀は声に従わない。そのまま振り向くと、フードを目深にかぶった、幾分声の高い少年が立っていた。雑居ビルの裏、表側は街灯が明るく照らす街道である。フツウと紙一重の境を隔てて、刀は狂気と対面していた。
「俺はお前を見て話す。お前も言いたいことがあるなら、まっすぐ俺を見て話してくれ、セブン」
くく、という笑いが『セブン』の口から漏れた。
「言うね。あっぱれだよ、【憤怒】」
「俺は御剣刀だ。セブン、俺はお前の名前をまだ聞いてないよ」
「……ぼくは『七男』」
答えた『七男』は、やはり刀と目を合わせようとはしなかった。見えるのはフードの下からわずかにのぞく、ゆがんだ笑いを浮かべる口元だけ。肌が異常に白く見えるのは月明かりのせいなのだろうか。
「占い師のことはもう知っているよ。情報を流してくれる連中がいるからね」
「なら、俺と一緒に行こう。占い師と話し終えて、安全な場所に行くまで俺がお前を守る」
セブンはゆっくりと首を振った。
「話すことはもうないかな。これで失礼するよ」
「待て！」
刀の叫びにセブンは顔だけで振り向いた。
「無理だよ。君ではぼくを倒せない。君ではぼくを理解できない。君の目標は遠大すぎるし、君の視野は広すぎる。どうせ島の平和をとかもれいびたちのフツウをとか、その手に余るはっきりしない理想のために動いているんだろう？」
見えないはずの瞳がぎらりと光った気がした。
「そんなんじゃ、ぼくの殺意とぶつかり合うには足りないよ。ぼくは今、この『七男』に目を向けてくれる奴を相手にしたいんだ。それが賛同だろうが敵意だろうが構いやしない。殺意？　いいねえ、それこそぼくのもっとも望む甘い視線だ！」
言い終えるとパーカのポケットに白い手を突っ込み、セブンは歩き出し始めた。
「占い師のことは安心しなよ。ぼくのほうから会いに行くからね」
「おい、待てよ！」
『加速』を使って追おうとして――表側の道路にはいつのまにか十数人の『ひと』が集まっていることに気づいた。深夜にこんな場所にいるのは、あまりにも不自然である。
（ろっこんを封じる準備をしていたのか！）
ネットに流された嘘情報でも引っかかったのだろう。セブンの情報操作に踊らされた『ひと』たちは、携帯やスマートフォンのカメラを構えて団子状に固まり、うろうろとしている。目を凝らしても、もはや彼を見つけることはできなかった。