闇ありて棲み処は澱む＜１＞｜リアクション

闇ありて棲み処は澱む＜１＞

●３０２号室

●

　三毛谷道哉が廊下に出てくると、餅々きなこが待っていた。
「ごうくんから伝言。ましろちゃんを、かんりにんしつでやすませる、って」
「そうかい」
「そのこもあずかるよ。おいで」
　きなこは道哉の背後で浮遊していた敏郎を手招きした。
　彼女は寝子島の幽霊たちの顔役だ。任せて大丈夫だろう。
　敏郎もきなこが見た目よりずっと古株だとわかったようで、道哉に礼をすると、きなこについていった。
「これで一つ解決、と」
　くたびれた肩を回すと、窓の向こう斜め上向かいで、笹川帆太と海原茂が自分を身振りで呼んでいる。
「３０２号室……たしか肝試しに来た子が死んだといわれる部屋、だったか」

　話を聞くくらいならできるかもしれない。
　道哉が３０２号室の前に着くと、パンダと茂は青い顔で震えていた。
「ゆゆゆ、幽霊」
「窓のところに、います……！」
　そうか、と道哉は部屋に入った。こちとらあやかしなのだ。幽霊がいるくらいで恐れたりはしない。
　殺風景な部屋だった。
　カーテンのない窓の桟に腰かけるようにして幽霊はしくしくと泣いていた。
「幽霊の嬢ちゃん。泣いてどうしたんだい？」
『……』
　幽霊は泣き続けている。
　何度か声をかけてみたが埒が明かず、道哉は気を引こうと、尾が割れた三毛猫の姿になった。
　幽霊の足元に近づきゴロゴロと咽喉を鳴らしてみる。
（泣き止んでくれればいいんだが……）
　しかし彼女はくわっと目を見開くと、耳まで裂けそうなほど口を開けて道哉を威嚇する。
　強烈な瘴気に弾かれ、猫の身体がドアの外まで弾き飛ばされる。
「大丈夫ですか、三毛谷さん！」
　道哉は茂に抱きとめられたが、１０４号室での消耗が大きかったところにさらに精神ダメージを負ってしまい、身体に力が入らない。
（ああ、せめて……）
　道哉はかそけき声で茂に何ごとかを伝えると、目を瞑った。
「どうしよ、どうしよ」
　パニックになるパンダ。
「俺たちでやるしかないだろう。そもそも幽霊を見に来たんじゃないか」
　茂は道哉をその場に寝かせて立ち上がる。

　部屋の中では、はじめと同じように窓際で幽霊が泣いている。
　パンダは腰が引けたまま話しかける。
「えーっと。ここで死んだ女子大生さんですか……」
『……』
　反応はない。茂はある名を呼んでみた。
「藤田みつきさん？」
　幽霊の反応が変わった。顔を上げてこちらを見ている。
「そうなんですね」
　無計画なパンダと付き合うようになって、茂はいささか慎重になった。
　気楽な大学生の配信といえど下調べくらいは、と事件のあらましを調べていたのだ。
　ある匿名掲示板に被害者の名前が出ていた。
『私、死んだの……？』
「はい。よろしければ何があったか教えていただけますか」
　茂は相手を尊重した口調で話しかける。
『……置いて行かれた……みんなは肝試しを盛り上げるサプライズのつもりだったようだけれど、アレが出たの。悲鳴を上げる間もなかった……アレは私の身体に巻き付いてきて……首が締まって……』
「アレとは？」
『……うじゃうじゃと絡んで、黒いひもみたいな……』
「それは蛇ですか」
『似てるけれど違う。アレは、もっとずっと邪悪で……頭に刀みたいな角が……』
　思い出したのか、彼女は首に手をあて苦痛に顔を歪める。
『……こんなところで、死にたく、なかった。もっと生きたかった……』
「お察しします。しかしながらここは霊界というところだそうで幽霊でも楽しく生きられるそうですよ、貴女が望めば、ですが」
『何を言って……』
「ああそうだ、先ほど貴女が弾き飛ばした猫から、伝言があります」

　――お嬢ちゃんも……生きがいを見つけるといい。

　道哉に耳打ちされた言葉を伝えると、茂は踵を返し、腰を抜かしているパンダの首根っこを掴んで外に出た。
　きなこが現れると、茂はドアの中の方を目顔で指した。
「中の人、たぶんもう大丈夫だと思うんであとをお願いしてもいいですか。俺、パンダと三毛谷さん連れて行きます。１階で龍目先輩たちといますから」
「ラジャーだよ！　それから……かのじょをすくってくれて、ありがとう」