寝子島電鉄霊界線　浅縹駅（２）

　とてつもない衝撃が、だいだらぼっちとなった恵御納 久隆を打ちのめす。
「むう……っ！！」
　無理もない、がしゃどくろの虚ろな頭蓋は久隆が巨大化してなおさらに数メートルは頭上にある。それほどの巨体であり、そんなものが多少の攻撃になど怯まず大圧力を押し付けてくるのだからたまらない。時折繰り出してくる攻撃も無造作に見えて、まともに受ければ全身が砕けてしまいそうな破壊力だ。
　仲間たちも徹底抗戦を敷いている。幾人かは同様にだいだらぼっちとなりがしゃどくろへ組み付いているが、進攻を完全に押し留められてはいない。
　いずれは街へ到達するだろう。骸にそのつもりがあろうとなかろうと、無辜の人々を無情に押し潰すだろう。
　その中には、久隆の愛する者たちさえ含まれているかもしれない。
「……そうはさせん」
　無論それを見過ごす道理もない。
「この先へ進むのなら、人並みの大きさと節度を持ってもらおうか！」


　地を蹴り踏み込む。足元の仲間たちを踏み潰さないよう配慮は怠らないが、目線は真っすぐにがしゃどくろを睨みつけ、肋骨のあたりへ渾身のストレートパンチを繰り出した。
　確かな手ごたえとともにがしゃどくろはかすかに揺らいだが、歩みを止めるには至らない。
「ならば、何度でも……！」
　柔道の心得は、打撃技の足運びにもいくらか説得力を与えてくれた。だいだらぼっちの膂力を乗せ、全身を使って打ち出す一撃は重厚で、がしゃどくろを止められないまでも僅かに怯ませ隙を生んだ。
　久隆には矜持がある。寝子島を、家族を守ると決めた。過去を繰り返しはしない。
「！　ぐっ……」
　それでも直上から振り下ろされた拳の直撃を浴びれば、視界は揺らぎ地は歪む。決意までも揺らぐことはないにしろ、久隆のダメージは決して軽くはない。
　苛立つように振り回した骨拳に、仲間たちが弾かれる。包囲網の一端は破られ、鈍重ながしゃどくろの歩みも僅かながらに加速する。
「エロにおまかせなのですー」
　ずずん、と空気が一つ震動した。巨大な質量同士がぶつかりあった衝撃だ。
　がしゃどくろに立ちはだかったのは、エロ・イーアールオーだった。いつもの黒いキャミソールドレス姿だが、今日のエロはひと味違う。
　彼女もまただいだらぼっちとなっているようだが、その背丈は巨大化した久隆と比べても一回り以上大きい。がしゃどくろと並び立ち引けを取らないほどだ。
「エロのろっこんなら、だいだらぼっちも大きくなるのですー」
「……なるほど、巨大化するろっこんを併用しているのか」
　久隆が半ば呆れたようにつぶやいた。なんと途方もない取っ組み合いだろう。
　エロは真正面からがしゃどくろへ掴みかかる。腕力はさすがにがしゃどくろのほうが上のようだが、それでも骸骨の進攻を一拍、ぴたりと止めてみせた。

「力こそパワーなのですー」
　同じ意味では？　と久隆は思ったりしたが、それどころではない。
「彼女へ協力しよう！」
「「応ーーー！！」」
　久隆の呼びかけとともに、まずはだいだらぼっちたちがエロの脇を固めるように組み付く。その周囲を、鴉天狗など主に飛行能力を持つ面々が飛び交い攻撃を加え、がしゃどくろの意識を一点に留めさせない。
　エロは柔和な笑みを浮かべたまま、がしゃどくろを突き放す。初めて巨大な骸が仰け反り、一歩後退る。
「エロも寝子島の住人なのです。おばけさんに壊されたらイヤなのですー」
「ああ。そうだとも」
　久隆も再び踏み込み、肩口からの体当たりをぶちかます。びくともしないように見えて、確かに攻撃の瞬間には動きを止めることができた。
　浮沈艦のように思えたがしゃどくろだが、付け入る隙はある。それに、頼りになる味方の存在にも事欠かない。
　とぼけているように見えて、エロにもやる気が漲る。
「みんなの力で、押し返すのですー」
　押されるばかりではない。彼らの反攻が始まった。



　ふうと息を吐くと、冷気が漂う。
「雪女？　オレ男の子なんやけどなー。男なのに雪女って！」


　オトナが『うん、まあ、そういうことね』と飲みこんでしまうようなことも、コドモはどうしたって気になってしまう。八代 拓哉は６歳、眠たげに見えて、おイモが転げてもおかしいお年頃だ。
　とはいえ、無理もない。生まれつき身体が弱い拓哉は、ちょっと張り切ったくらいで吐血してしまうほどの虚弱体質だ。こんなふうに大勢集まって、あまつさえ強大な敵に立ち向かうなど、初めてのことだろう。
「ごふ。ごふごふ」
　などと興奮していたら、血を吐いた。
「あー、血まで凍っとるやん」
「あらら～。君、大丈夫～？」
　振り向くと、白黒髪のお姉さん、滴がふわふわ浮いていた。幽霊だ。
　拓哉はにかっと笑い、
「血で服が汚れんですむし、これはこれで便利やね。もーまんたーい♪」
「ポジティブぅ～」
　彼にとってはいつものことだ。吐血も慣れっこである。きっと世界一タフな虚弱体質であろう。
　いつもの遊びの延長とばかり、彼は元気に腕を振るい、冷気を放つ。
　巨大ながしゃどくろを構成する骨と骨の間には、それぞれに間隔がある。そこを急激に冷やし、ツララをいくつも生やしてやった。間接の動きを阻害したことで、がしゃどくろの動きがいくらか鈍る。拓哉ならではの搦め手であった。
「ふ～、これでオレもみんなの役に立てたやろか？　って、おばけのお姉ちゃん、何しとるの？」
「……まただ。もぉ～、何の声？　君には聞こえない？」
「声？」
　滴はどこからか声が聞こえると言う。それが自分を呼んでいるとも。
　しかし拓哉の耳に聞こえるのはがしゃどくろの骨が軋む音、仲間たちの号令や怒号のみだ。
「がしゃどくろの声ですかねー？」
　どこか飄々として、屋敷野 梢はつぶやく。複雑そうにがしゃどくろを見上げ、へにょりと片眉を下げた。
「手当たり次第攻撃したり壊したりするわけではなく、街を目指すのは何故？　何か目的があるのかもしれません……まあそのほうが餌が多いってだけかもしれませんけど」
　生物に対して寛容な梢は、前進を続ける骸骨にも明確な敵意を向けることはできなかった。どうして一直線に街へ向かっているのだろう？　彼または彼女の理由が気になった。
「う～ん、アレの声……なのかなぁ？　ちょっと違うような気がするんだけどね～。でもよく分かんないなぁ」
「じゃあ、確かめてみましょーか」
　首をひねる滴に、梢は神妙な顔を浮かべうなずく。
　梢はサトリだ。人の思考もおばけの心も読み取れる。しかしながら、あれはどうだろう？
「がしゃどくろは埋葬されなかった骨や怨念が集まって生まれる……とゆーことは、心も一つじゃなかったりするんですかね」
「ちょ、お姉ちゃん、そんなの読み取って大丈夫なん？」
　拓哉の心配顔ににんまりと笑みを浮かべ、頭にぽふと手のひらを置いてやる。
　やってやれないことはあるまい。それに……梢は仲間たちの猛攻を受けなお歩みを止めないがしゃどくろを見据える。
　真に邪悪な存在か、それとも理由あっての進行なのか。それをこそ知りたかった。
「私が叶えられる望みがあるなら、叶えてあげたいものですねー。さて……」
　意識を集中し、サトリの能力を行使する。
「う……ッ」
「お姉ちゃん！？」
「こ、これは……」
　思いの坩堝とも呼ぶべき思考の奔流が、それを探る梢の意識を翻弄する。思わずよろめき、脇を拓哉と滴が支えた。
「滴ちゃん……」
「へっ？」
「滴ちゃんを呼んでる声の主は、少なくともあの中にはいないようです……でも、伝わってくる感情があります」
　志半ばにて死した者たちの魂が渦巻く集合意識において、一つ共通する思いがあった。
「怖い。恐ろしい。逃げたい。逃げよう」
　多くの事変を見つめてきた梢には今、半ば確信のような閃きがあった。
　哀れな魂たちよと、胸に祈りを抱かずにいられない。
「がしゃどくろは、何かに追い立てられているだけ。もしかしたら……今回の件には、黒幕がいるのかもしれません」