霊界鉄道危機一髪☆寝子島おばけパニック！｜リアクション

霊界鉄道危機一髪☆寝子島おばけパニック！

黒白滴と寝子島の夜

　例えばゴルフ場で、観客席へボールが飛びこみ直撃する確率を思えばいい。ゼロではないが滅多にないことだ。ゴルフ好きだが自身はプレーをしない観客が試合へ足繁く通いつめ、ひいきの若い女性ゴルファーが放った痛恨のミス・ショットに頭部を一撃されたとて、ファンののめり込みようを責められまい。彼または彼女はあくまで被害者であり、健全な趣味に没頭したに過ぎないのだから。
　さりとて黒白滴の場合いささか状況が異なることは認めよう。彼女はゴルフを嗜まないし、家を開けがちな父母が自宅へ置きっぱなしのゴルフクラブ一式に気まぐれに触れたことがある程度で、そもそもゴルフのくだりは単なる比喩表現である。
　健全な趣味かと問われればまた異なるかもしれない。そもそも今日の夜歩きを端的に表するなら、趣味というより滴の感情表現の一端だろうか。誘われるようについついふらりと九夜山のたもとへ足を運んだのは、確かにそこへ惹かれるものがあったからだ。覗いてみたい、何かが変わるかもしれない、そんな期待と自発的な意思の表れでもあろう。
　だからといって、滴の身が今夜引き寄せた事象を、彼女の責とまで言えるだろうか？　ゴルフ好きが会場を訪れプロゴルファーが放った一打を額に受ける偶然と、それほどに違いがあるだろうか？
　つまり今夜の邂逅。その後に引き起こされることとなる、厄災めいたできごとの全て。
　それらにおいて、彼女を責めるのは酷であろう、とあらかじめ述べておきたいのだ。

「私を呼んでるのは……誰？」

　本題へ移ろう。ひとまずはこの危急へ対処すべきだ。
　ゴルフのくだりが適切な例えであったかと言われれば正直返す言葉もないが、なぜゴルフかといえば御剣刀が旧市街にて辛くも救出してのけたのが、深夜にひっそりと河川敷で練習に興じる迷惑ゴルファーであったからである。
「なっ、なっ、なん。なんだねありゃあ、妖怪かい！？」
「いいから逃げて！　今日は真っすぐ家に帰って、朝までぐっすり寝てください。夢は覚めますから」
　半ば突き飛ばすように中年男性を押しやり、刀は木刀を手に天を見据える。
　視線の先には雷鳴轟き、暗雲切り裂いて怪異が宙を泳いでいた。
「『鵺』ってやつか？　俺たちの街で、好き勝手やってくれるじゃないか。これ以上やらせるかよ」
　眼を細む彼の額には、ゴルフボールも弾き返しそうな角が生えている。刀は鬼と変じていた。

　テオは言う。
『今やお前らも＜おばけ＞だ。その力とろっこんを駆使して、あの迷惑者どもを霊界に叩き返してやれ！』
「りょーかい！」
　志波武道の口ぶりはいつものごとく軽いが、きりと結ばれたまなじりに遊びはない。
「既に被害が出てるみたいだな。怒りも湧くが……ここはクールにいくＺＥ！」
　雪氷纏い、武道はステッラ・デッラ・コリーナに絡みつく異形の巨大イカ『クラーケン』を睨む。

　九夜山では雨崎荒太郎が念力で自らを飛翔させながら、迫り来る巨躯を前に所在なく頭をかく。
「なんだあのでかいガイコツはー？」
　途方もない敵の進攻を押しとどめる手段を頭に巡らせた後、彼はうそぶいた。
「『がしゃどくろ』ねえ。ま、がしゃっとやっつけるでがんす～」

　切迫のバトルが各地で幕を開けた一方、いくらか緊張感に欠ける駆け引きもまた各所にて繰り広げられている。
「ワッツ！？　月守、お前……ツノが生えてるぜ！？」
「私、『あまんじゃく』に憑依されちゃったみたい……！」
　シーサイドアウトレットでは月守輝夜と青木慎之介が、風船めいた小鬼に右往左往。

　かと思えばゲームショップクラン・Ｇでは、雪寄愛唯が奇妙なお年寄りを相手に愛想よく笑顔を浮かべていた。
「こんなゲームはどうですか？　面白そうですよぅ、『ぬらりひょん』さん♪」

　そして事は遠くて近い、星幽塔にまで及ぶ。
「めちゃくちゃにする悪い奴は、ねこじまでも星幽塔でもお断りですにゃっ」
　ぷんすかと愛らしく憤るミーツェ・Ｍ・フェリスへ、『フランケンシュタインの怪物』は咆哮迸らせ、地より無数のゾンビが現れ出る。
「とっとと列車に帰れーですにゃー！」

　異形……おばけたちの傍らにはいずれも、列車の姿があった。列車と聞いて誰しも思い浮かぶような一般的な車両から、小さな小さな路面電車、流線形をなぞる新幹線などなど多種多様な車種の姿をとりながら、それらは霊界を走る『寝子島電鉄霊界線』に属する車両たちである。今夜寝子島に現れたおばけらを在るべき場所へと叩いて戻すには、霊界線をなぞる列車へと乗せてやるほかない。
　そこへ臨む寝子島住人たちも今や異形の特質を獲得し、おばけの身体と化した。
　時刻は折良くも、草木も眠る丑の三刻である。ここにひととおばけと列車を巡る、一大反攻作戦の決行と相成った。

　そしてこの時、事の発端たるおっさんは、のんびりまったり茶をしばいていた。
「いやいや、良いところだね寝子島は。はっはっは♪」
　緊張感の無いこの男、これで天より降りたる、新たな落神であったりするのだった。

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