霊界鉄道危機一髪☆寝子島おばけパニック！｜リアクション

霊界鉄道危機一髪☆寝子島おばけパニック！

予兆

　此度の顛末を本格的に伝えてゆく前に、ぜひとも触れておかねばならない人物が二人いる。人物、と軽いくくりで紹介すべきかどうかは疑問の余地もありながら、ひとまず気に留めておいていただきたい。
　彼らこそが今夜の、そして今後の寝子島を左右する鍵を成す……無論、事の対処に当たった我らがヒーローたち、もれいびやひとらの活躍を除外した上でという意味だが……その三人のうちの二人なのだから。

　一人は先に触れた、いまひとつ軽々しいおじさんである。
　着崩したスーツにカラーシャツ。白まじりでまだらな黒髪に、丁寧に整えられた髭。ニヒルな笑みは一見気安いが、ふんぷんたるダンディな大人の男の色気をかもしだす。いわゆるひとつの、チョイ悪オヤジスタイルだ。
　彼の名は、今は伏す。然るべき時に然るべきタイミングで伝えるのが、彼という存在を強く印象付けることとなるだろう。
　ところでここは、寝子島電鉄霊界線・花緑青（はなろくしょう）駅。霊界線の各駅は寝子島に重なるようにして存在しており、見る者が見ればその目には大きな駅ビルが映るはずだ。
　霊界へと向かう本線への乗換駅である花緑青駅は、あえて述べるなら、おばけたちの憩いのスポットである。幽霊、妖怪、怪物等々、この世ならぬ者たちにも旅路を前に心落ち着かせる癒しの空間は必要らしい。あたりには人ならぬ者々がお茶を嗜み、雑談に興じ、思い思いの時を過ごしている。
　駅ビルが擁する各施設の紹介は後ほどにして、まずはおばけカフェである。
「少し心配していたんだよ。娘が暮らしているというこの島が、一体いかなる場所なのかとね」
　先に触れたチョイ悪オヤジがカップを手に優雅なティータイムを楽しんでいる。
　丸テーブルへかたんとお茶請けなど届けたのは、旅鴉月詠。なんでかフリルがいっぱいなメイド服を着込んでいた。
「娘さんを探していると。なるほど」
　そう、彼は娘に会うため寝子島を訪れたのだという。そして月詠には、彼の愛娘に心当たりがあったりするのだった。
　なにしろおじさんの前髪のひと房は、どこかのお気楽女子高生神さまに良く似て、ぴんと立ったアホ毛であったから。

「ねこじまは、いいとこだもん！　ゆーれいもおばけも、みーんなみんな、たのしんでもらわなくっちゃ♪」
　もう一人、紹介しておかねばならないのが、この花緑青駅を口ぶりたどたどしくも取り仕切る、幽霊の女の子。

　彼女は名を、餅々きなこと言った。本名である。
　年の頃は４～５歳といったところだろうか。幼稚園の年中さんといった風情なのだが、彼女は押しも押されもせぬ、寝子島の幽霊たちを取り仕切る顔役だったりする。見た目も中身も幼いが、その幽霊歴の長いことといったら寝子島イチなのだ。
　今回このように寝子島へおばけがあふれ出したのに当たって、きなこは寝子島の幽霊代表として、この花緑青駅を取り仕切る役割を買って出た。寝子島電鉄の制服を着込み、幽霊らしくぷかぷか浮かびながらあっちへこっちへ。
「おもてなし、だよー！」
　カフェを中心に、急な乗客たちが押し寄せた駅を見事に取りまとめる様は、幼気な面立ちに反して実に頼もしい。
　きなこは幼児らしく明るく素直な、そしてけなげな女の子であったから、その仕事っぷりを目にして協力を申し出る者も少なくなかった。綾辻綾花もまたその一人だ。
「テオ……なんだか、映画見るって雰囲気じゃないね」
『だから言ったろ？』
　最近とみに映画漬けなテオを誘って、おばけシネマとやらに繰り出そうと思ったものの、今や寝子島はおばけだらけ。花緑青駅のカフェも大賑わいのてんてこまいのようだ。
「しょうがないね。映画は今度、『クランク・イン』で」
『まあ、付き合ってやらんこともない。それより、何かしようってんなら、あの幽霊を手伝ってやれ。悪いようにはならんはずだぜ』
　テオが鼻先で示してみせたのが、件の鉄道制服を着た幽霊、きなこであった。
　うなずききなこのもとへ向かう綾花を見送ってから、テオはふんすとひとつ嘆息してみせる。
『あのダメ親父……何を呑気に茶なんぞ飲んでやがる。まったく、誰のせいでこんなことになってると……』

　ともあれスーツにアホ毛の男と幽霊幼女。寝子島の住人たちにとって、図らずもこの出会いは後々、大きな意味を持つことになる。
　今夜はまさに、全てが転がり出すかのように動き始めた夜であったのだ。

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