寝子島電鉄霊界線　銀朱駅（３）

「まったくもう。あんなのが飛んでたら、おちおち散歩もできないよ」
　と、伊藤 佳奈は軽い調子だ。
　彼女は鵺をして変な鳥などと呼んだが、今やおばけがあふれた寝子島にあっていつもの軽妙さが崩れないあたり、大器を感じさせる。これで剣道の試合では緊張のあまり実力を発揮できないというのだから、スポーツというのは不思議なものだ。
　それはさておき、佳奈は傍らの伊藤 美緒へ心配そうに声をかけた。
「美緒ちゃん、大丈夫？」
「だっだだだ、大丈夫って何？　全っ然平気なんですけど！？」
　美緒の顔は蒼白だし全身は子犬のごとく震えている。佳奈に迫るほどの腕前を持つ剣士でありながら、おばけに怯える彼女は佳奈とは実に対照的だ。
　しかしながら、芯の強さはどちらもそう変わらない。
（怖い、けど……こんなことでびくびくしてたら、お姉ちゃんに嫌われちゃう）
　勇気を振り絞り、鵺を睨み言った。
「行くわよ、佳奈！」
「うん、美緒ちゃん！」



　作戦は仲間たちに準ずることとする。鵺を誘い込み、全力かつ最大の一発を叩き込み仕留めるのだ。
　美緒は柏手を打ち、念じる。ろっこんにて鷲へと姿を変え夜空へ舞い上がり、空飛ぶ鵺へと追いすがる。
　断続的に響く雷鳴は美緒を怯えさせたが、それでも怯まず羽ばたき続ける。
（そ、空の王者を舐めるんじゃないわよ！）
　時に鵺の進路を塞ぎ、時に肉薄して嘴で突っつきして、敵を誘導する。
　上手く鵺の意識を惹きつけられたのは良かったが、恨みがましい燃えるような瞳に射抜かれ、美緒は震えた。
　一方の佳奈はというと、その間、吉田 熊吉先生の背をえっちらおっちらと登っていた。
「ふー、登頂完了！」
「おう、伊藤も手伝ってくれるのか？　ありがとよ！」
　考えることは同じか、巨大熊先生の上には幾人か仲間たちの姿もあった。
　地上を見下ろすと、ひとやおばけが小さく見えて、その大きさが実感できる。向こうから飛んでくる鵺にも、この高さならどうにか攻撃が届きそうだ。
「先生、あの鳥がこっちにきたら、牽制しながら位置を合わせて！　私たちも先生の上から攻撃するから！」
「おう！」
「あと上は見ないでね、スカートだから」
「お、おう……！」
　前方、大ガラスや鴉天狗となった仲間たちに混じり、一羽の鷲がよろめきながらも力強く飛んでいる。
（美緒ちゃん！）
　雷が落ちる。危機一髪、鷲はひらりと身をかわして飛び続けている。
　虚勢を張りがちだが本当は臆病な彼女が必死に翼を打つ様は、他の誰よりも、佳奈の目に誇らしく映った。
　ずし、ずしんと熊吉先生も歩を進め、やがて佳奈もまた怪異と対峙する。
（今よ、佳奈！）
　鷲となっているため声は出なかったが、代わりに美緒はぴいと鳴いた。
　その想いが伝わったのだろう。静かに木刀を構え精神統一、伏せた佳奈の瞳が、か、と開かれると、
「……一刀流・『吸毛』ッ」
　狙うは猿顔の鼻っ面、一閃。
　確かな手ごたえと柄へ伝わる衝撃に、佳奈は猛った。



「鬼熊！　背中を借りるぞ！」
「おお、やっちまえ御剣！」
　熊先生の背を蹴り、加速。御剣 刀は鬼の身にして空を翔けた。
　追い詰められ荒れ狂う鵺はやみくもに雷鳴を轟かせるが、構いやしない。山田 勘三郎が変じた大ガラスが身を挺して稲妻を防いでくれているし、いざとなれば刀自身にも手はあった。
「山田もちょっと、背を借りるぜ！」
（気をつけろよ！）
　ガアと鳴き雷を受け止めた大ガラスの背に乗り、夜空へ。
　背には伊藤 佳奈、アリス・ミーティア、ルーク・ポーラスターの姿もある。
「隙を見て、みんなで一撃食らわせよう！」
「オッケー！　でも、列車に乗せなきゃいけないんだよね？」
「列車なら、そら。あそこだ！」
　ルークの指差した先に、ぼんやりと輝きながら弧を描き、旧市街を横切って伸びる線路が見えた。汽笛を鳴らしながらひた走る、半透明に透けたボディを持つ四両編成の電車も……あれが魔行列車というやつなのだろう。
　佳奈、アリス、刀はうなずき合い、勘三郎も鳴き声を響かせる。
　上空で、地上で、それぞれに連携を取り合いながら鵺を誘導する仲間たちの作戦も、いよいよ佳境に入りつつあった。
「５秒後に落雷！　左に避けて、蒼！」
「りょーかい！」
　くるりと身を翻し、鴉天狗の仙藤 蒼は鵺を挑発する。飴玉の雨はダメージこそ微量ながら常にまとわりつき、視界を阻害し、さぞうっとおしく思っているだろう。
　妹を援護する仙藤 紫は気が気ではないが、今後もあんな怪異に空を悠々飛ばれては、たまったものじゃない。幸いにしてサトリの能力は絶大であり、紫の読みのおかげで、蒼や仲間たちが浴びてしまうであろう稲妻の落下点にはあらかじめ予測がついていた。
「おかげさまで、安心して誘導できますねー」
　薄野 五月はどこかのんびり……もちろん本人は真剣だが、ともかくウチワをあおぎ巻き起こすのは砂嵐。進路を塞がれ、思惑どおりに鵺は五月を睨み、吠え声一つ、稲妻を落とす。
　しかし稲光は、五月へは届かない。もちろん、仲間がいるからだ。
「アスタラビスタ・ベイビー！」
　割り込んだ田峰 貞八が五月の代わりに雷を受けながら、鵺へ強烈な一発を叩きつけた。
「さあ、来いよベ鵺ット。怖いのか？」
　巨大マッチョマンは相変わらずの全裸だが、少なくともグラサンの奥で瞳は赤くぎらついた。
　化神 小次郎もまた陽動役として、鵺を惹きつけるのに一役買っている。小次郎の作り出す幻影は広範囲に渡り展開し、鵺を翻弄する。
　さらには隙を突いて飛び上がり、風の力を乗せてキリモミ回転も加えたジャンプキックもお見舞いしてやった。
「っと、やべ！？」
　ぎろりと鵺が小次郎を睨み、稲光が瞬く。
　直撃コースだ、避けられない。小次郎は思わず目を伏せる……が、
「化神、危ねえ！」
　目の前を覆った大きな何かが光を阻み、影が小次郎を包んだ。
「間一髪だったな。イテテ……怪我はねぇか、化神」
「く、熊センセー！」
　庇ったのは、だいだらぼっちとなった熊吉先生の手のひらだった。
　そのまま肩に乗り、
「へへ。さんきゅ、センセー♪」
　思わず想い人のたくましい首筋に頬を寄せ、悦に浸る小次郎だった。
　かくして、作戦は成った。今や鵺は天地に渡って包囲され、刀は愛用の刃引き刀を手に跳躍する。
　苦し紛れの稲妻にも臆することなく、
「雷切！　……とはちょっと違うけど！」


　刃引き刀を上空めがけ投擲すれば、避雷針のごとく雷は刀身へと吸い込まれ、弾けた。
　勢いを殺さぬまま空気を蹴って駆け上がり、雷光を帯びた愛刀を引っつかむ。少々痺れたが、この際構うまい。
　一羽の鷲……伊藤 美緒が刀と、仲間たちの狙うべき一点を導く。
（佳奈！　みんな！　やっちゃいなさい！）
　美緒が奥義を繰り出し、アリスが氷の銃弾を放ち、巨大熊吉先生が突っ張りをぶちかまし、刀が電弧を描く刃引き刀を振りかざし、
「「「いっけええええええ！！」」」
　鵺へと必殺の一撃を叩き込んだ。



　空飛ぶ怪異も、意識を断ち切られれば失墜するのみ。
　その直下へ向かい、走り込んでくるのは四両編成の電車だ。テオいわく、魔行列車の車両におばけを接触させれば、霊界へ送り返すことができるという。
　鵺は落下してゆく。
「……あっ、あんにゃろう！　目ぇ覚ましやがった！」
　魔行列車と接触する直前、再びよろめくように浮かび上がった鵺に、熊先生が悔しげに言葉を漏らす。
　着実にダメージを蓄積されながらも完全なる落下には至らない。
「おらぁぁぁあああっ！！」
　作戦失敗かと思われた、その時だった。
　自ら起こした突風に乗り、ダメ押しの拳一発を叩き込んだのは、曖浜 鴻だった。
「とっとと霊界とやらに帰りやがれ！」　
　鴻の一撃が致命打となった。
　鵺は力なく落下し、走り込んだ夜行列車と接触したその瞬間、車両に収まるはずもない巨体はするりと煙のように吸い込まれ、容易く半透明の列車の中へと消えた。
　鵺の脅威を退け、旧市街には平常の穏やかさが戻ったのだ。
　仲間たちの勝鬨が、夜空を震わせた。