希望＜ネガイ＞が現実＜ホント＞になるところ。それがらっかみ！｜リアクション

希望＜ネガイ＞が現実＜ホント＞になるところ。それがらっかみ！

　日が変わる十五分前、朝鳥さゆるがシーサイドタウンにあるマンションに戻ってきた。部屋と同様に暗い目でブーツを脱いだ。
　歩きながら薄いコートを適当に脱ぎ捨てる。部屋の奥には粗末なベッドがあった。ふらりと前に倒れ込むと長い息を吐いた。
　顔を横に向ける。右手に持っていたスマートフォンを起動させた。
「……まだ、四月一日に、なっていない」
　眠気で意識が途切れそうになっているのか。さゆるの瞼が落ちそうになる。
　画面の日付が変わった。瞼は完全に閉じられていた。唇だけが僅かに開く。
「最愛の人……片篠藍人とは、普通の恋人で……同棲して、いたら……」
　願いは夜に呑まれた。

　翌朝、さゆるは横向きの姿勢で目を覚ます。一時、瞬きを忘れた。
　片篠藍人が隣で寝ていた。
「やはり、今年も……」
　さゆるは手を伸ばす。藍人の前髪を一方に流した。穏やかな素顔を見て目が優しくなる。
　音を立てないようにしてベッドから降りた。手早く着替えてエプロンドレスを身に纏う。早速、キッチンで朝食の用意を始めた。
　食パンの耳を切ってサンドイッチの生地に仕立てる。次に具となるスクランブルエッグを作った。レタスの葉やカイワレも候補に挙がる。
「それと」
　ツナ缶を手に取った。中身をボウルに入れてマヨネーズを掛ける。隠し味のワサビを入れると熱心に掻き混ぜた。
　出来上がった具を生地に挟んでゆく。それらを重ねて包丁で斜めに切った。
　丸い皿に三角のサンドイッチを盛り付けた。彩の良いイチゴも添える。
「飲み物は」
　紅茶とコーヒーで思い悩み、一方に決めた。
　出来上がった朝食はトレイで運ぶ。ガラス製の座卓に並べているとベッドが軋んだ。横目をやると藍人が上体を起こし、にっこりと微笑む。
「良い匂いに釣られて目が覚めたよ」
「おはよう。冷えない間に、どうぞ」
「そうだね」
　ベッドから降りると藍人は洗面台に向かった。

　少し濡れた前髪で藍人が戻ってきた。
「サンドイッチか。飲み物はコーヒーだね」
「紅茶も考えたんだけど、眠気覚ましにはこっちかな、と思って」
「もしかして連日の残業で心配させたのかな」
　藍人は苦笑いで、さゆるの正面に座った。訊かれた方は、少し、と控え目に返した。
「新規参入だから気が抜けなくて。一応、事業は軌道に乗ったし、今後は休みも取れると思う。どこか、行きたいところとか、ある？」
「あるわ」
「海外は日数的に厳しいから、できれば国内の旅行で頼むよ」
　言いながらサンドイッチを手に取って端を齧る。笑顔で味を褒め称えた。
「シーサイドタウンに隠れ家的なレストランがあるんだけど、そこで今日、ディナーなんて、どうかしら？」
「欲がないんだね」
「そうでもないわ」
　さゆるはマグカップのコーヒーを静かに飲んだ。

　朝食を終えた二人は共に外に出た。制服とスーツで並んで歩く。
　さゆるは藍人を横目で見た。
「すっかりサラリーマンだね」
「実業家なんて肩書はあるけど、そんなもんだよ」
「あたし達、周りからどんな風に見られているんだろう」
　視線を周囲に広げた。藍人は悪戯を思い付いた少年のような顔で言った。
「娘の授業参観にいく父親とか」
「若すぎるよ。見た目は同じくらいなのに」
　さゆるは笑って藍人の肩を叩いた。
　間もなくして星ヶ丘駅が見えてきた。
「行ってくる」
「行ってらっしゃい」
　藍人を見送った足で、さゆるは寝子島高校へ向かう。
「……ちょっと待って」
　路上で足を止めた。顎先に軽く手を当てて俯く。
「春休みなのに、なんで学校なのよ」
　不満を口にするとふらりと街に立ち寄った。

　その晩、ドレスアップしたさゆるは藍人とのディナーを楽しんだ。
　帰り道、満天の星空に二人は足を止めた。横手から波の音が聞こえる。
　藍人はぽつりと口にした。
「綺麗だね」
「星のこと？」
「違うよ」
　見つめ合う二人は互いに引き寄せられて、そっと唇を合わせた。

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