今日も愛すべき『フツウ』の日。｜リアクション

今日も愛すべき『フツウ』の日。

　日が落ちて辺りはいっそう暗くなっている。
　逆巻天野の右手には大きな花束、左手には大量のクッキーを抱えていた。
　バイトが早く終わり途方に暮れていた彼は、それらを買い込み、いつもの場所を目指している。
　階段をのぼり終える。
　その先には――数多の骸が眠るお墓が広がっていた。
　まずは彼の親友のもとへ歩み寄っていく。
　彼の親友の墓石は綺麗に磨かれて、たくさんの花も飾られている。
　逆巻はそこに何本かの花と何枚かのクッキーを添えた。
「クッキー、美味しいって評判なんだ。僕は食べられないけどね」
　亡くなった親友のことを彼は話題にしたことはない。
　なにか察している人はいるかもしれないが、彼はけして彼女のことを口にしなかった。
　しばらく黙祷を捧げてから、次の墓石へ。
　神魂の事件で亡くなった人、動物のもとに。
　黒い指先事件のさとみの両親や、ルクスに。
　無縁仏に。
　お花とクッキーを添えて、黙祷する。
　それからゆっくりと目を開けて、「今日はとても平和な一日でした」と逆巻は報告をした。
（どうか、安らかにお眠りください）
　祈りに夢中になって、逆巻の傘が傾いた。
　しかし気にする様子はない。逆巻は一心に祈り続けている。
（せめて僕が居る間は、彼らの事を祈りたい。体が消えても、生きていた過去は残るのだから。祈らせて欲しい）
　傘に手を伸ばす。
　けれど逆巻の瞳はなにもうつさない。
（でも、時折思う……。事件もバイトも無い日は、後はどうすればいいんだろう）
　傘を握る。持ち上げる。さす。
（普通の生活って、いったい何なんだ？）
「天野君かい？」
　そのとき逆巻が普段からお世話になっている寺の住職がやってきた。
　フラフラとしている彼を見かけて心配してきたのだろう。
　逆巻は苦笑する。
「……座禅でも組んでいくかい？」
　住職はただそう言った。
　逆巻は頷いた。
（思えば中学の時、よく寺に篭っていたな）
　それが自分にとっての普通の生活なのだろうか。
　答えは出ないままだった。