【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――｜リアクション

【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――

　立った姿で倉前七瀬が読書を楽しんでいる。南校舎の横手の壁は良い背もたれになった。
　珍しい装丁の本は市販品ではなかった。ろっこん、空気を「読む」で召喚した物で場の雰囲気に合わせて内容を変えた。
　眠そうな灰色の目で読み進めていく。穏やかな表情は時に変わり、ほう、と感心したような声となった。
　――明るい話がほとんどやけど、なんとなく物悲しい感情が含まれちょるね。卒業式ならではの効果だとすると、読書家としては見逃せない機会になります。
　パタンと本を閉じた。制服の胸ポケットの造花を見下ろす。少し指で弄ってみた。
　――僕も卒業生なんですねぇ。この学校を卒業することになります。頭ではわかっていても、心が付いて来ないというか。
　空を見上げた。盛大に撒かれた紙吹雪はすでに止んでいた。
「実感が、いっちょんわかんものです」
　再び本を開く。読んでいた頁に目を向けて文字を追った。
　一瞬で表情が曇る。
　――ん、この学校を卒業する、ということは。
　愕然とした。片頬に当てた手を震えながらずり下げる。
「ウォルター先生と、あえんくなってしまいます！！」
　近くを通り掛かった女子が、な、なに！？　とびっくりした顔で七瀬を見た。
「あ、いや、これは失礼しました。どうも、どうも」
　腰を低くして立ち去る。南校舎を回り込むと様子が激変した。
「のんびりしちょる場合じゃなかです！！」
　走り出そうとした直後に左右に顔を向ける。
　――今日は卒業式。普通の日じゃないってことは教室にいるとは限らない。職員室も当てにはならない訳で、そうなると、どこから探せば。
　思考が止まった。足も同様。立ち尽くしている状態と変わらない。
　誰かに話を聞こうと思っても人がいない。
「さっきの女子！」
　七瀬が走って戻ると先程の女子の姿はなかった。代わりに背の低い男子が目に付いた。駆け寄るとビクッと肩を震わせた。おどおどした目が胸の造花に向かう。
「あ、あの、先輩、ぼくになにか？」
「驚かしたみたいでごめんね。少し訊きたいことがあって。この学校の先生なんだけど、金髪の青い目をしたウォルター先生をどこかで見かけなかったかな」
「ごめんなさい。ぼく、一年生だから、先生のことはよくわからなくて」
　大きな一礼をすると小走りで行ってしまった。
　残された七瀬は、ああ、と悲痛な声で項垂れた。
　――あの童顔と身長でわかるはずです。僕は何を焦っているのでしょう。もう少し、冷静になって落ち着いて考えれば先生に辿り着けるはず。
　横手から靴音が聞こえた。
「失意の少年を立ち直らせるにはー、どうすればいいのですかねぇ。やはり課外授業の続きとして踊ればいいのでしょーか。もちろん僕の足を踏めば、ポケットに仕込んだ魔弾（チョーク）の餌食になりますけどねぇ」
「その声はウォルター先生！？」
「はーい、僕です」
　ウォルター・Bは涼やかな青い目でウインクした。
「そうでしたー。卒業おめでとう」
「ありがとうございます。あの、卒業できるんは嬉しいですけど」
「どーしました？」
　ウォルターが近づく。七瀬は躊躇いを捨てて思いをぶつけた。
「ボク、ウォルター先生とあえんくなるのはイヤです！！」
「倉前は死地に向かうのですか？　二度と会えないみたいに聞こえるのですが」
「え、いや、卒業が今生の別れでないことは理解しているんですが、ええと、言い方を間違えたみたいで、本当はそうではなくて……」
　ウォルターは七瀬の肩に手を置いた。優しく語り掛けるように、落ち付いて、と一言を送る。
「ウォルター先生、僕と友達になって欲しいです！　そうしたら僕がこの学校を卒業しても、その、先生に会えるとですよね？」
「そうだねぇ。構わないよ。今日から友達になろう。あと僕の腕がなまらないように時々、的になってくれればいいよー」
「それはちょっと、どうでしょうか」
　二人は約束とばかりに笑顔で握手を交わした。