【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――｜リアクション

【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――

　校長の長話が終わると在校生による送辞が読み上げられた。清浄な空気を吸うかのように生徒達の表情が和らぐ。続く卒業生の答辞には盛大な拍手が起こった。
　演台は隅に押しやられ、卒業証書の授与に備える。渡す側の校長は急に大人しくなり、きびきびと動く生徒達を優しい眼差して眺めていた。
　卒業生の一人、伊織源一は背筋を伸ばした状態で舞台の様子を見ている。膝に置いた手を軽く握った。
　――思えば中身の濃い三年間だった。古流武術の『庵流』と学業の両立は厳しかった。その中、ろっこんという不思議な能力に目覚めた。色々と物騒なことに巻き込まれはしたが、おかげでたくさんの人達と関わることができた。
　辛く苦しい時を過ごしたはずなのだが、振り返ると笑顔がやたらと頭に浮かぶ。最後まで不思議が付き纏う。これが卒業式というものなのか。
　いつも以上に心の中で饒舌となり、その時を待った。

　マイクを通して源一の名前が呼ばれた。表情を引き締めて立ち上がると、その巨躯に保護者席から驚きの声が上がった。
「カッカッカ、さすが俺の孫だぜ。嫌でも目立ちやがる」
　伊織紘之助は目尻に皺を寄せて笑った。白髪の混じる坊主頭を撫でながらしっかりと源一の姿を目で追った。鋭い目付きが次第に優しくなる。
　――でかく育ちやがったもんだ。立派じゃねえか。昔は小っちぇハナタレ小僧だったのになぁ。
　大きく息を吸い込んで吐き出す。目尻の横を掻きながら弱々しい笑みを浮かべた。
　――悔しいねぇ。源一と逆で俺はこんなに小さくなってよぉ。死は怖くねえんだ。強がりとかじゃなくて、くたばること自体、どうでもいい。
　ただな、これからの源一を全て見届けることはできねぇな。俺があと二十も若けりゃ、と意味のねえことをどうしても思っちまう。
　源一は校長から卒業証書を受け取った。目にした紘之助は自身の膝を平手でぴしゃりと叩いた。
　――こんな晴れ舞台によぉ、暗い気持ちでいちゃあ勿体ねえ。しっかり見届けてやらねえとな。
　舞台の源一は踵を返すと、近くにいた係の男子に卒業証書を渡した。気合を入れる為なのか。自身の頬を挟むようにして平手で打った。
「何かするのか？」
「パフォーマンスかな」
　周囲のざわつきを受けて紘之助は訳知り顔となった。
　――俺が叩き込んだ『庵流』の演武をやるつもりだな。いいぜ、師匠の目で見てやるぜ。
　舞台上で源一は左右にステップを踏む。身体が温まったところで一気に頭頂を床につけて両手で支える。
「まさか、あれって」
　驚く生徒達の声は耳に入っていないのか。源一は三点倒立の姿勢から手と足を使って回転を始める。勢いに乗ったところで両手を床から離した。
「ヘッドスピンだ！」
「あの身体でマジかよ！？」
　生徒達の割れんばかりの拍手が起こる。あんぐりと口を開けていた紘之助は我に返った。
「カッカッカッカ！　やってくれるじゃねえか、源一よ！」
　予想外の行動で締めっぽい考えは消し飛んだ。大いに笑って源一の雄姿を褒め称えた。