【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――｜リアクション

【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――

　講堂に華美な装飾はなく、厳かな雰囲気の中で卒業式が始まった。在校生と卒業生は整然と椅子に座る。何人かは後ろを振り返り、保護者席に目を凝らした。
　俄かにざわつき始める。舞台袖から校長の雨宮草太郎が現れた。白いシャツに黄色い蝶ネクタイを付けていた。歩きながらサスペンダーを親指に引っ掛けて伸ばし、パチンと乾いた音をさせた。
　中央にある演台の前に立つと、チャオ、とマイクに向かって言った。
「まさかとは思うが……」
「……また、あの話なのか？」
　生徒達の間で不安が広がってゆく。
「今日は天候に恵まれ、素晴らしい卒業式を迎えることができたね。在校生の卒業生を思う気持ちが装飾によく表れていて、これも実に素晴らしい。良い生徒に恵まれた私は幸せ者だよ」
　口髭を指で整えるとマイクに更に口を近づけた。
「でもね、受け取ってばかりではいけない。こちらも校長らしく、返していかないと。ほっほっほ」
「……勘弁してくれよ」
「もう、いいから。普通にやってくれ」
「あのさ、終わったら起こしてくれる？」
　腕を組んで早々と寝る態勢に入る者までいた。
「晴れの日に相応しい言葉を贈ろう。高名な哲学者シトラス・ガムダンは言いました。喜びと悲しみは揃うことで人生を豊かにしてくれる。端的でいて実に奥深い内容が含まれているとは思わないかい？　私が言葉の意味をほんの少し語るとしよう」
「やっぱりかー」
「……少しで終わる訳がない」
「寝るか……」
　控え目な嘆きが全体に渡って起こる。各々の顔にも表れていた。
　目立たないように動いていた青山絢が足を止めた。デジタルカメラのファインダーに向かって溜息を吐いた。
「……笑顔を撮るのは無理みたいね」
　壁際に移動する時、同じようにカメラを手にした八神修と目が合った。同じ状況の為、修は苦笑いで頭を左右に振った。
　在校生として椅子に座っていた羽生碧南は天井を見上げた。
「……また、これなのね」
　呟くと眠そうな目に変わってゆく。
　卒業生も例外ではない。森篠琳子は伏し目となった。
　――三年生は自分を含めて今日で卒業する。進路はバラバラで大学に行く者もいれば、私のように就職する者もいる。この選択は正しかったのだろうか。
　目を前に向けた。校長の話は続いている。意識を心の中に深く潜らせた。
　――先に社会に出る自分。数年間のモラトリアムにいる同級生。どちらが先に成熟した大人になるのだろう。
　微かな笑みが浮かぶ。
　――そんなことを考える私も子供なのだろう。それも今日まで。卒業式が終われば、もう戻れない。
　瞬間、笑みは消えた。