【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――｜リアクション

【卒業式】青い空に想いを解き放ち、私達は今――

　横向きで寝ていた朝鳥さゆるが瞼を開けた。見えた背中に微かな笑みが浮かび、瞬時に気付いて舌打ちした。
　上体を起こして見ると葉利沢倫理子であった。今は別人格のMaliceに身体を乗っ取られていた。
　さゆるは冷ややかな目で細い首筋を眺める。鼻で笑うと安っぽいベッドを下りた。首筋や鎖骨に強く吸われた跡がシミのように残る。半裸に近い状態で窓の前に立ち、遮光カーテンを開く。
　眩しさで目を細める。剥き出しの腕を軽く摩った。強い光が肌に刺激を与えているようだった。
　そこに白い手が伸びてきた。さゆるの胸の間を通って肌に張り付く。腰にも同時に手を回された。肩の上に顎を置いてMaliceは陰湿な笑みを浮かべた。
「おはよう、さゆる。目覚めのキスでもする？」
「興味ないわ」
「本当に？　私の呼び出しに応じて熱い夜を過ごしたのに？」
「このマンションは藍人のもので、あたしが管理している。帰ってくるのは当然よね」
「まあ、そういうことにしてあげる」
　Maliceは胸の辺りにあった手を動かす。さゆるの胸を掌に包んで弾力を楽しむ。喘ぎ声を漏らすことはなく、窓から見える青い海を漫然と眺めていた。
　反応の薄いさゆるを見てMaliceは詰まらなそうに窓に目をやる。凪の海と青い空の境界が曖昧に溶けていた。
「良い天気ね。それだけとも言えるけど」
　さゆるの目が僅かに動いた。億劫そうに口を開く。
「……今日は卒業式だったような？」
「ああ、思い出した。どうでもいいから忘れていたわ」
「……それも、そうね。今から用意をしても遅刻は免れない」
「それもあるけど」
　声を落とした。さゆるは聞き耳を立てるように身じろぎもしない。
「卒業式に何の意味があるのかしら。単なる学校行事であって、それ以上の意味なんてないと思わない？」
　さゆるは答えない。僅かに視線を上げて空を眺めた。Maliceは弄んでいた手に力を込める。柔肌に浅く爪を食い込ませた。
「私はまだ、さゆるから卒業できそうにないわ。あなたという卒業証書を手に入れるまでは」
　Maliceの手の動きが激しくなる。腰に回していた手は下腹部を撫で始めた。自身の行為で興奮しているのか。陶酔の目に変わる。
「私、今いる寮を出るから、しばらくこの部屋に住まわせてよ。今のあなたには、この部屋は必要ないでしょ？　あの女（姫木じゅん）のところに住むのだから」
「……勝手に押し掛けて、住み着いているくせに」
　不快を表情に出して言葉を吐き捨てた。
「それなら断る理由はないよね。もう、ここの住人みたいなものだし」
　さゆるは苦々しい顔で口を閉ざす。Maliceは、ほくそ笑む。
「ねえ、今日はこれからどうする？　お互い、ほとんど裸みたいなものだし、爛れた関係を一日中、続けてみる？」
「今日はもう帰るわ」
「あら、残念」
　Maliceは自ら離れた。踊るようにベッドに歩いて仰向けに倒れた。わざと両脚を広げて笑みを深める。
　さゆるは脱ぎ散らかした衣類を拾ってシャワールームへと歩いていった。
「冷たいのね」
　Maliceは自身の胸を掴み、さゆるにしたように爪を立てた。