【星幽塔】第三階層　黄金砂漠には砂行く船｜リアクション

【星幽塔】第三階層　黄金砂漠には砂行く船

　蜘蛛の巣の如く中空に迷路を作る石橋を仰ぎ、ティオレ・ユリウェイスはかたちの良い唇を小さく歪めた。
(……まさか竜の尖兵に襲われるとはね)
　実際に目にするのは初めてではあったが、第三階層の黄金砂漠の土の竜を巡る噂は聞いたことがあった。その土の竜を苛む呪いから生まれ出たという『竜の尖兵』のことも。
(ネコジマの連中の助力もあって土の竜と共に竜の尖兵も滅した、って話じゃなかったか)
　土と砂を練り上げた壁と鉄の骨でできた町の天井に、低く重い音が響き渡る。
「うわあっ」
　槍を支えにどうにか立っていた兵士が悲鳴を上げた。耳を抑えその場に座り込む兵士の傍には、剣と槍を十数本、矢を数十本と突き刺されて漸く息絶えた『竜の尖兵』の死体が転がっている。
「だめだ、もう、」
　『竜の尖兵』の死体の周りには、『竜の尖兵』の麻痺毒を受けた兵士や深い傷を負った兵士、息をしているのかも怪しい兵士。傷ついた仲間と『竜の尖兵』の死体に挟まれ、兵士は喚く。
「お頭たちもきっともう全滅してる……！」
「しっかりしな！」
　斃れた兵士から借り受けたショートソードを手に、ティオレは凛と声を張るも、
「だって隔壁が破られたらお終いだ！」
「何十年と砂の底で生き延びてきたってのになんで今更土の竜の眷属に襲われるんだ！」
　傷ついた兵士たちの士気は低い。
　彼らの視線は、ティオレの手を借りて自分たちで倒した『竜の尖兵』ではなく、町の一角、固く閉ざした巨大な門扉に向かっている。町一番の広場に面したその扉──兵士たちが『隔壁』と呼ぶ石壁とも見紛うばかりの鉄と石で作り上げられた巨大な扉には、その扉の向こうに閉ざされた『竜の尖兵』たちが今も体当たりを繰り返している。
　断続的に響く音に混ざり、石の軋む音がする。鉄の歪む音がする。
　あれほど巨大な扉を破壊し得るほどの『竜の尖兵』はどれほどに強大であろうか。
(まあ、……分からないでもないわね)
　敵は兵士数人で囲んだ上に決死の覚悟で討ちかかって漸く倒し得る化け物。耐久力が恐ろしくある上に、その顎の奥に何列と並ぶ牙は見た目からして凶暴そのもの。一体を倒すうちに兵士の何人かが戦闘不能に追い込まれる。
　その上、上層部である艦橋からは何の助力も得られていない。
(とりあえず全滅を避けるためには見殺しにせざるを得ない──ってところか)
　迫りくる死の恐怖に立ち向かおうとして屈する兵士たちを一瞥する。呪いを受けて不老不死となってこの方、何度か殺されても生き返り続けているティオレは深い青の瞳を鋭く細める。不死であるがゆえに、己にはさほど死への恐怖は薄い。けれど、
(どちらも、分からないでもない)
　死の恐怖に喚く兵士たちのことも。
　全滅を避けるために町を見殺しにせざるを得ない艦橋の連中のことも。
「死にたくなければ足掻け！　私も一緒に足掻いてやる！」
　執拗な攻撃に今にも崩壊しかねない隔壁を睨み、ティオレはその場に足を踏ん張る。
　今の状態で隔壁が破られれば、ここは『竜の尖兵』たちにあっと言う間に蹂躙されるだろう。
(さあ、思案のしどころだね)
　町の危機にどこからか現れて共に戦ってくれた女性の一喝を受け、気骨のある兵士たちがよろめきながらも立ち上がった。
「罠を仕掛けるよ。ともかく時間を稼ぐ」
　兵士たちを見遣り、ティオレは強気な笑みを浮かべてみせる。
「足止めと分断、その後各個撃破！　大丈夫、やれるよ！」