【お正月】賑やかで華やかな一時を｜リアクション

【お正月】賑やかで華やかな一時を

　元日の早朝に万条幸次はアパートを出た。赤いスカジャンの背中には猫じゃらしと戯れる猫が描かれていた。肩にはリュックを引っ掛けている。引っ張るペット用のキャリーケースには愛猫の花遊がいて時に、にゃー、と鳴いた。
　その都度、幸次は軽く頭を下げて、もう少しだからねぇ、と宥めた。
　寝子電鉄の電車に揺られて鎌倉駅に着くと、そこから更に乗り換えた。リュックを頭の上の網棚に置いて座席の一番端に座る。キャリーケースは目が届き、安定した膝に据えた。
　その後、多くの人が乗り込んで電車は発車した。
　車内は温かく、細かい振動は揺り籠に等しい。間もなく幸次の瞼が閉じそうになる。頭がふらふらと揺れ動く。
　何度も強い瞬きをした。軽く頭を振って眠気を追い出す。が、再び睡魔は戻ってきて頭を不自然に揺らした。
　――こんなところで寝たら、色々と危ないと思うんだ。花遊もいるし、リュックだって大事な物が入っている。それはわかっているんだけど、この眠さは相当に手強いねぇ。
　腰に付けていたポーチからミントガムを取り出す。一粒を口に入れた。瞼は半分、下がったままだった。
　幸次は追加で三粒、口に入れた。噛むとびっくりしたような顔になる。
　――これ、強烈だねぇ。ちょっと鼻が痛くなってきたよ。
　その刺激に慣れてきたのか。普段通りの顔付きに戻った。
　駅に着く度に車内の人が減った。向かいの席の窓から外の様子を見ることができた。ぼんやりと眺めていると溜息が漏れた。
　――寝子島に来て、もうすぐ三年になるんだなぁ。神魂とか悪魔とか、世界の行方を左右するかもしれない出来事が起こって、俺の進路もはっきりしないんだよねぇ。
　合いの手のように再び溜息が出た。
　――まあ、大丈夫だよ、たぶん。今までだってみんなと力を合わせて、危機を乗り越えてきたんだからさぁ。
　流れる景色を見えて幸次は微笑んだ。
　――進路は俺の頑張り次第だけどねぇ。
「……なんだ？」
　スカジャンのポケットに手を突っ込んだ。スマートフォンを起動させると一通のメールが届いていた。
　差出人には万条楽々子、幸次の母親で内容は簡潔。
『幸ちゃんが帰ってくるから、作ってみたの♪』
　文章の補足をするように写真が添付されていた。

　海苔を利用した猫のおにぎりが真っ先に目に留まる。黄色いオムライスの中からひょっこり顔を出しているようにも見えた。
　――キャラ弁にはまったって聞いていたけど、ここまで上達したんだなぁ。食べるのが勿体ないような出来栄えだよ。
　ここまで出来るなら、ニャンスタグラムのアカウントの作り方を教えてもいいかも。前に電話が掛かってきた時はやんわりと引き留めたんだよなぁ。
　懐かしく思い、自然と和む。
　そこにまたメールが届いた。
『これだけだと足りないと思うから、これも食べてね♪』
　添付された写真を見て幸次は首を傾げた。
　――間違えて送ったのかなぁ。オムニャイスの料理名も同じだし。

　顔を近づけてよく見ると、若干ではあるが手の位置が違っていた。
「なるほどー」
　幸次の表情が緩んだ。
　電車は軽い振動で駅に着いた。駅名を耳にした幸次は、次だねぇ、とのんびりした口調で言った。
　車内の人は疎らとなった。安心したのか。キャリーケースから花遊の鳴き声が聞こえた。
　幸次は顔を近づけて、もうすぐだよ、と囁き掛ける。喉を鳴らすような音が返ってきた。
「……待ち遠しいねぇ」
　扉が閉まると電車は緩やかに動き始める。心を代弁するように加速した。
　幸次の笑みは、軽い振動で素に戻った。
　――可愛いオムニャイスはいいんだけど、母さん……お節は？
　微妙な顔で幸次は電車に揺られた。