Sweetnessをさがして｜リアクション

Sweetnessをさがして

　さて茉菜と茂の去った例のコーナーに、進入を試みる者が一人ありました。
　知識欲旺盛な若者、その名は佐藤英二です。
　書店で知識を満たすには先立つものが必要ですが、今日の英二はその辺りも万全、バイト代が出たばかりで懐もたいそう潤っております。
「真面目に働くとそれなりの成果があるもんだなあ」
　という感想は月並みかもしれませんが、とても大切な気づきといっていいでしょう。
　さてその軍資金を手に、本日はまず駅ビルの書店を急襲した英二でした。
　漫画の新刊、チェックＯＫ。ついでに気になっていた新作も手にしています。
　雑誌の入手もＯＫ。大きな書店ということもあり、バックナンバーまでしっかり確保できました。この書店があれば、これから先雑誌の買い逃しがあっても心配は無用と言えましょう。
　と、ＯＫづくしでここまで来ましたが。
　……現在彼は、多少難しいミッションに挑んでいるのです。
　それは、このコーナー。
　茂が泡を食い、茉菜が好奇心を刺激されてやまない種類の本が、たんと売られているこの場所をいかに攻略するか。
　ありていにいえば、慌てず騒がず、目当てのものをさっと着実に入手できるかがミッションの全貌でした。
　――こういうとき、目立っちゃいけないよな。
　普段から彼は、自分があまり目立つほうではないということを自覚しています。
　それは、ヒーローとして輝くにはちょっと難しいキャラクター性ではありますが、今回のように何気なくさりげなく、得物を手にしてレジへ速やかに運ぶハンター的活動にはもってこいのものであるのは事実でしょう。
　本棚の影から周囲を窺い、それでは作戦行動開始！
　行ってみましょう。あの桃源郷へ……え！？
　――御巫さん！
　動きかけて英二は硬直してしまいました。
　御巫時子。
　あの黒目がちな美少女が、なぜかこっちに向かって歩いてくるではありませんか。
　単なるバイト仲間ではありましたが、彼は彼女と面識がありました。いくら一般人を気取ったところで、時子に気づかれず作戦遂行をするのは困難です。
　かといってここで突然回れ右すれば、あきらかに不審者でしょう。不審すぎます。
　そこで彼は、奥の手を持ち出したのでした。
「カウントダウン開始」
　呟いて『ろっこん』を発動させます。ぴったり百秒間、周囲から自分の存在を『赤の他人』と認識させる究極の隠密技術。本当は時子とちょっと立ち話くらいしたいところですが、そんなことが許される状況ではありません。クライシスなのです！
　期待通り『ろっこん』は奏功し、時子はまるで彼に気づくことなくすれ違い、遠ざかっていきました。まんまと本も手に入れました。あとはさっさとレジに行くだけです。
　……でもなにか、空しさを感じたりもするのです。
　気づかれたくない。でも、本当に気づかれないと寂しい。
　この矛盾こそが、青春というものなのでしょうか。