せんせいといっしょ：鷲尾先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：鷲尾先生編

●純情バイト少女の悩み

　困っている鷲尾先生に追い打ちをかけるかのように、更なる恋愛相談が持ちかけられた。
「失礼します……」
　保健室のドアを開けた四野辺蘭月は、俯いたまま、今にも泣きそうな声で相談する。
「先生、あたし、バイト行きたくないよぉ……」
「どうしてかしら？　バイト先の人に苛められているの？」
「せやない。これ……」
　そう言うと、制服のポケットからコンパクトミラーを取り出し、裏に貼ってあるシールを見せた。
「カレシと、初デートで撮ったプリや」

　照れながら見せたプリは、彼は記念だと、手慣れた手つきでフレームを選び、それを見て咄嗟に思いついたのか、ハートマークポーズしようと言い出した。
　嫌か？　とからかうので「やったるわ！」といった流れの会話をしながら撮った思い出の１枚だ。
「次のデート用に徹夜で雑誌見て夏の最新ファッションチェックしてー、最後に初めての深夜バイトでー」
　そういうこともあり、彼女のテンションは上がり過ぎていた。
　高校生が深夜にアルバイトは駄目よと注意したかったが、大目に見ることに。
　それを言ってしまうと、蘭月をかえって傷つけてしまうかもしれないという懸念もあるからだ。
「それ見たお客さんが、何これ？　ってカンジで見とった。ああ、若いなって顔になって、レジ来て、あたしの顔二度見すんねん。めっさ恥ずい……」
　記念のプリだが、彼女がバイトしているコンビニエンスストア「ネコンビ」に貼り付けてあった。
　お客さんが「若いな」と思うのはなんでや？　と思っていたが、これが原因だと気が付いたのは、お客さんが帰った後だった。

　コンパクトミラーとネコンビに貼りつけてあるシールは『恋愛☆友情☆永久不滅プリシル』という強力なシールの機種なので、剥がそうにも全然剥がれない。
「お店のは勝手に剥がせんし、思い出を消すのはイヤやし……。せやから最近、バイト行きたくないんよ……」
　バイトを辞めようとしたが、おこづかいをバイト代から出すというルールで１人暮らしを始めたので、それはできない。
　資金源が無くなってしまったら、趣味である買い物や買い食いができなくなる。
「バイト自体は好きやから変えたくないし、しばらく裏方に回してもらおうかなあ。レジって、いろんな人が来て楽しいねんけど」
「彼は、そのことを知っているの？」
「知らへん。カレシはそういうのあんまり気にせえへん性格なんやけど、うちは気にしとんねん」
　彼はテレビ中継で告白するくらいなので、わかっていても気にしていないだろう。
「カレシには、プリ貼ってあるのが気づくまで、このこと内緒にしておくわ。そのほうがええよね？」
「そのほうが良いわね。彼に話すの、恥ずかしいんでしょう？」
　相談し終えたら気分が楽になったのか、蘭月は、いつもの人懐っこい笑顔に。
「気分が楽になったようね。恥ずかしいのはわかるけど、初めての思い出は、大切にしておきなさい」
「せやね。先生に相談したらスッキリしたわ。おおきに。また困ったことがあったら、相談してもええ？」
「ええ、どうぞ」

　リア充め……と、佐久間堂鉄は、すっきりした気分で保健室を出ていく蘭月を恨めしそうな目で見る。
「そろそろ次の授業が始まりますので、僕も失礼します。先生、相談に乗ってくれてありがとうございました」
「佐久間くん、だったわね。相談だけど、力になってあげられなくてごめんなさい。また困ったことがあれば、遠慮なく相談にきてちょうだい」
「僕なら大丈夫です。気にしないでください」
　現実の恋愛は難しいものだと実感した堂鉄だったが、鷲尾先生に名前を覚えてもらえたので、保健室を出た後「やった！」と喜んだ。