彷徨える寝子原人｜リアクション

彷徨える寝子原人

２.ゴムボートでは多事多端

　海蝕洞前。朝の空気は少しずつ昼の陽射しに暖められていく。
　「それじゃあ、みんなここからはゴムボートでそれぞれ洞窟へ向かう！　何かあったら連絡をくれ！　２０時にはボートは星ヶ丘に戻るからなー！」
　洞窟前方に停泊したボートから複数のゴムボートが水面に浮かぶ。その１つに乗り込んだ龍目豪は大きな声で参加者へ向けて注意事項を告げる。
　「あー……龍目さん」
　寝ぐせに眠そうな目をした男子、ぱっと見では寝起きのような表情を浮かべた真辺伸幸が隣のゴムボートから豪に声をかける。
　「ん、何だ？」
　伸幸のほうを向き直る豪。
　「俺、ろっこんで帰宅できちゃうんでー。もし帰りの点呼とかあったら数に入れないでくれると助かりますよー」
　間延びした喋り方で伸幸は豪に告げる。
　「おう、分かった。でも何かトラブルが発生したらいつでも連絡してくれよな！」
　大きき頷く豪。
　「了解っすよー」
　伸幸はマイペースに欠伸をするのだった。

　海蝕洞の中は一面の青。灰色の岩壁も薄緑色の苔も光のカーテンによって青く、蒼く。
　紺碧のヴェールに包まれた、その幻想的な光景に感動するものもいれば、そんなことお構いなしに突き進むものもいる。

　「真央ちゃんが一番なのだー！」
　ルートごとに向かうメンバーをゴムボートに振り分けた結果、唯一の蝙蝠ルートになった後木真央は、ゴムボートをすごい速度で洞窟内へと進めていく。
　「シルベも負けないです！」
　真央につられるようにして、楽しそうに笑いながら追いかけるのは、金髪三つ編みの少女、迪シルベを乗せたゴムボート。
　「美しき青き洞門の道を我々探検隊は颯爽と進んでいく。幻想と現実の狭間のような碧き世界に心を打たれる。けれど、水面下ではそんな我々を付け狙う黒き影が……」
　相変わらずのナレーションをしながらメモを撮っているのはシルベのゴムボートに同乗した旅鴉月詠。
　「パラグラフ１４へ進むとでも言いそうな流れだな」
　月詠の言葉を受けて、冷静にツッコミを入れる八神修。彼はＬＥＤライトで洞窟の壁面の苔などを照らしつつ、写真を撮っている。
　「サイコロの目次第だよ。ところで、後で写真のデータコピーをくれないかな」
　ゲームブックの話を軽く交えつつ、彼らのゴムボートも洞窟の奥へ奥へと進んでいく。

　「修ちゃんたちも新聞のネタ探しなのだ？　負けないのだー！、新聞部の幽霊部員としてねこったー炎上を目指すのだ！」
　追いかけてくるシルベの船に気付いた真央が３人に手を振る。
　「新聞部は炎上してもいいし、しなくてもいい」
　スケッチブックにクロッキーを描きながら月詠はが呟く。
　「あは♪　真央ちゃん楽しそうです！　シルベたちも楽しみましょー！」
　テンションが上がってきたのか、両手を広げるシルベ。
　「炎上するのは寝子タブだけにしておいてほしいんだがな。まぁ、着実に調査を進めれば色々分かるだろう」
　修は冷静さを保ちながらも、未知なる所の探索に対する好奇心に心躍る部分もあるようだった。

　「あっちも楽しそうだねー。僕らもちょっとテンション上げようか」
　真央やシルベの様子を受けて、ゴムボートの速度を上げるのは晴海飛鳥。彼女の長い黒髪がふわりと揺れる。
　彼女の装備は洞窟探索にはやや準備不足が否めない、制服姿にカメラ、のど飴程度である。
　「手始めに潮間帯の生物でも調べようかと思ったんだけど、まぁいいか。飛鳥ちゃん、転覆しないようにしてくれよ」
　飛鳥と同乗しているのは、苔の位置から満潮と干潮の差を確認していた新井すばるである。すばるはすばるで洞窟探索というよりも生物調査向けの装備であった。
　この２人は虫コースを選択している。
　「大丈夫、大丈夫。原人に会うまでの前哨戦みたいなものだから」　
　鼻歌を歌いながら、飛鳥はゴムボートをさらに加速させるのだった。