【お三夜】猫と鼠と人と悪魔、四つの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と鼠と人と悪魔、四つの世界が交わる夜

　曖浜瑠樹は胸に抱えた兎のラピとラズをギュッと抱き締める。
　後ろ脚の付け根を怪我した黒猫が必死になって逃げ惑う。
　逃すまいと猛烈な速さで鼠が追い掛ける。何度も黒猫の背後に迫り、噛み付こうとする。その都度、急角度の方向転換で危機を脱していた。
　空からは悪魔の翼を生やした鼠が執拗に追跡する。
　目まぐるしい展開に瑠樹は目が付いていかない。おろおろした顔で声を振り絞る。
「ねずみさん達、お三夜さまに悪さしちゃダメだよぉー！」
　その声で立ち止まることはなく、無視された。
　黒猫は激しい追撃を辛くも避けて裏山の方へと走る。鼠達も後に続いた。
「待ってよぉー」
　二つの兎を抱えた姿で後を追い掛ける。両手が塞がった状態の為、いつものような速度が出ない。すぐに対象を見失い、立ち止まる。
「あっちかなぁ」
　音のする方に駆け出す。枯れ葉が密集したところに踏み込んだ。
　別のところから乾いた音がした。上体を捻るようにして見ると一匹の鼠が猛然と突っ込んでくる。盛んに振る尻尾は矢印のような形状をしていた。
「なんだぁ？」
　小さな鼠の行動にあまり脅威を感じていないのか。避ける行動が少し遅れて、すれ違い様に足首を尻尾で刺された。
「チクってしたよぉー」
　のんびりした声で身を屈め、足首を掻いた。
　その間に鼠は木々を縫うように走って見えなくなった。
「オレも急が、え？」
　突然、不穏な羽音に包まれた。
　薄暗がりの中、無数に飛んでいる。黄色と黒の縞模様、オオスズメバチの大群が瑠樹を取り囲んでいた。
「ピンチだよぉ……」
　刺激しないようにゆっくりと後退する。枯れ葉の立てるささやかな音にもびっくりしたような表情となった。
「……もう少し」
　滑らないように適度に膝を曲げた。足場の悪いところを抜けると、わー、と叫んで逃げ出した。
　重低音の羽音が追い掛けてくる。蛇行しても引き離せない。
「こっちに来るなぁー！　あっち行けよぉー！」
　声を張り上げて対抗した。執拗な追跡は続き、ただ走り回るしかなかった。
　徐々に速度が落ちてきた。瑠樹は口を開いて荒い息を漏らす。前髪は汗で濡れて額にぴたりと張り付いた。
「もう、無理だよぉ」
　頭が揺れ出した。不意に膝が折れて上体が前に傾く。硬い石畳に顔面を打ち付ける寸前、横手から伸びてきた太い腕に支えられた。
　曖浜鴻は片膝を突いた姿で瑠樹に語り掛ける。
「大丈夫か」
「伯父さんも、こっちに来てたんだねぇ。あ、まだいるよぉ！　伯父さん、危ないよぉ！」
　瑠樹は忙しない視線を中空に向ける。
「何が危ないんだ？　俺にはさっぱりだ。相棒、わかるか？」
「何も見えないですなー。近くで音もしないですな」
　ミーツェ・Ｍ・フェリスは間延びした声で警戒を怠らない。金色の目を周囲に向けた。
「ウソじゃないよぉ！　ほら、空いっぱいにハチが飛んでいるよぉ！　刺されたら大変だよぉー！」
　瑠樹は指を差して懸命に訴える。
「瑠樹、しっかりしろ！　蜂が見える前に何があったんだ。よく思い出せ」
「ハチの前に……ねずみがいたよぉ。しっぽの先が三角で、チクってされたんだよぉ」
「そうか、わかった。瑠樹、蜂は心配するな。俺がおぶっている限り、襲われることは絶対にない。わかったな」
「伯父さんがそういうなら、オレ、信じるよぉ」
　鴻は瑠樹を背負った。
「さっき話した鼠はどこで見た？」
「裏山のほうだよぉ」
「だそうだ、相棒」
「今こそ、力を使う時なー」
「ああ、そうだ。奴等の好きにはさせないぜ！」
　三人は裏山へと向かった。