寝子島の風にのって、ぱーたぱた｜リアクション

寝子島の風にのって、ぱーたぱた

　それはあるいは、長月の見せる夢だったろうか。
　無数の月影照らす夜を、冒険者たちは墜ちていく。

　いつまで落ち続けるかもわからないなかでも、万条幸次はのんびりした調子を崩さない。
　飼い猫の花遊をしっかりと抱え、見惚れるままに無数の月のひとつへと手を伸ばす。
　冷たく静かな光が描く輪郭に、指先が届く。
　小さな波紋が、音もなく月を揺らした。淡い光の向こう、幸次の手は確かに月に触れていた。
「ねえみんな、この月……触れるよ！」

　そのままころりと手の中へと転がりこんだ月を、花遊が好奇心いっぱいの瞳で見つめていた。

「とんなこと言ってる場合でちゅか！？　――ってほんとにたわれたでちゅ！」

　マイペースな幸次にツッコみつつ、パティ・ポップもすぐそばを漂う月へと手を伸ばした。
　人間なら片手で持てる月も、パティからすると一抱えほどになる。小さくて大きな月を抱えた彼女の姿は、まるでチーズの塊でも抱えているかのよう。
　だからと言うわけではないけれど、月をじーっと見つめていたら、なんだかチーズみたいに思えてきた。
　かじったらどうなるのか、なんて考えがふと脳裏をよぎる。
　けれどその考えは、飛びかかってきた魔物のわめきにかき消された。
「ちゅっ！？」

「まったく、無粋なヤツはどこにでもいるものだね」
　月ではなく、星でもなく。一条の銀の輝きがほどけて鋭く閃く。
　サキリ・デイジーカッターの振るう蛇腹剣が、パティに飛びかかる魔物を音もなく斬り裂いていた。
　果てなく広がる夜空を油断なく見渡し、サキリは皆に告げる。
「連中、どうやらこの月を狙っているみたいだ」

　魔物たちが、夜闇を裂いて迫りくる。誘蛾灯に吸い寄せられる虫のよう――と言うには、その様はいささか物騒に過ぎた。

「月の獲り合いってわけかよ？　面白えこともあったもんだぜ！」
　シグマ・F・FGが、近くの月をひとつ掴んで大笑する。
　その横面から、醜悪に歪んだウサギのような魔物が飛びかかった。
　振り向きざまに、尾の一撃。続けて放つブレスが、眩いばかりに燃え上がる。
　燃え盛る流れ星のようになって消えていく魔物には目もくれず、続けざまに群がる魔物どもへ大剣一閃。
「獲れるもんなら獲ってみな！」

　気焔たぎらすシグマの背後に、音もなく迫る魔物。
　シグマは気づかない――否、気づく必要がないから、そうしない。
「バレバレよ」

　ラムダ・Ｆ・ＦＧが、既にそいつを捉えているからだ。
　果てのない夜空に墜ちながら、それでもその狙いは決してぶれることはない。
　鋭く風切る音が鳴り、魔物の翼を矢が貫く。
　きりもみ回転して吹き飛んでいく魔物の陰から、もう一匹。しかしそいつが向かったのは、ラムダではなくその傍らに在った月。
　当然、ラムダもそれに気付いている。
　彼女の放つ凍てつく吐息に月影が照り返し、冷たくも眩くきらめいた。
　瞬く間に凍りつく魔物から、ラムダは月を奪い取った。

「それにしても、この月は一体なんなんだろうね――っと！？」

　捕まえた月を興味深げに見つめる卵城秘月目がけて、魔物が爪を一閃させた。一拍遅れて、風圧が髪を揺らす。
　不思議なことに、空中だというのにバランスが崩れるのを秘月は感じた。
　落下しながら感じるソレとは明らかに異なる浮遊感に月を取り落しかけ、そんな彼女に魔物が再び――。
　緋月の身体が、ぐいっと引っ張られる。
　そして、唸り。

　吉住志桜里の拳が鉄杭じみた勢いで魔物をぶち抜き、彼方へと吹き飛ばした。
「秘ぃ、大丈夫ですか？」
　数多の月を背負って不敵に笑うその様からは、冴え冴えとした覇気が滲んでいる。
秘月が答えるより先に、志桜里そのまま彼女の腰に腕をまわした。
「志桜里君！？　何をする気だい！？」
「しっかり掴まっててください。いいですね？」
　有無を言わさず、秘月の身体をむんずと掴んで脇に抱える。
　そのまま志桜里は、月を蹴って夜空を翔んだ。
　無数の月が照らす夜空に、墨を流すように二人の髪が舞い踊る。