寝子島の風にのって、ぱーたぱた｜リアクション

寝子島の風にのって、ぱーたぱた

「わー！　にーちゃん、ほら、すごいよ！」
　滝原カノンの光の欠片を散らすような声が、神社の境内に明るく響く。
　小学生らしからぬ高身長のカノン、ぴしりとした和服姿がよく似合っているが、
「あの鈴、猫さんの耳が付いてるよ！　あっ！　あっちの提灯の柄も……」
「……カノン。わかったから、少し落ち着け」
　との滝原レオンの言葉通り、中身は、無邪気な少年のそれだ。
　はーい！　とお利口さんの返事をしながらも、カノンの口元はふにゃりと緩む。
（だって、にーちゃんと一緒におでかけ、うれしいもん！）
　相棒のカプセルギアたるキングニャーサーをイメージした羽織紐だって、レオンが用意してくれたものだ。
　これで、胸が弾まないわけがない。
　一方のレオンも、カノンと過ごすひと時を、大切なものだと思っていた。
　彼の羽織の袖からは、ぬいぐるみのましろを思わせる白いうさぎが、ちょこんと顔を覗かせている。
（羽織紐のお礼だなんて言われたら、こいつも連れて行かないわけにいかねえしな）
　だから。
「……ほら。お前もよく見とけよ」
　レオンは誰にも聞こえないような小声で、ちびうさぎに囁いた。

「……年の始めから、いい思い出ができたな」
　レオンの心をくすぐる、可愛いものでいっぱいの素敵な神社。
　そして傍らには、
（カノンがいる。俺の、宝物が）
　その幸福を胸の内に抱き締めて、レオンは、兄の顔でカノンに言うのだ。
「カノン。参拝の仕方、覚えてるか？」
「うん！　バッチシ！」
　レオンの言葉に、カノンはぴっかぴっかの笑顔で、そう応じた。

　境内の様子を悠然と見渡すのは、三峰徹之進だ。
　人々の多くは着物を着ているが、それらは、徹之進の出身世界のそれとは雰囲気が違うもの。
（さりとて、今は生まれ育った地とは異なる世界に生きる身。多少の差異に首を傾げるのは野暮であろう）
　星幽塔に身を置き、それ以外の異世界の地面も、その足や愛馬の蹄で踏み締めた経験のある徹之進。
　故に、彼の心は微塵も揺らぐことはなく、その目尻には、柔らかい色が乗る。
「然りとも、人々の笑顔に溢れた、佳い神社でござるな」
　加えて、幸いなことに、剣呑な気配も僅かも感じられない。
　眼光鋭き侍たる徹之進も、今日は、刀を抜く必要もなさそうだ。
　心を穏やかにし、作法に則って両手を揃えれば、羽織の袖に描かれた『雷鳴号』が凛々しく陽に映える。

「うむ。誠にめでたき年の始めにござるな」

「夏朝！　ほら、夏朝の大好きな猫がいっぱい！」
「本当だ。すごく可愛い……！」
　犬杜初の言葉に応じながらも、恵御納夏朝は、既ににゃんこの虜。
　焦げ茶の双眸をきらきらとさせる夏朝の姿を目に、犬杜一閃と初は視線を合わせ、小さく笑みを零し合う。
「恵御納、見惚れる気持ちはわかるが、適度に、な？」
「！　そ、そうだね。他の人達も待ってるし……」
　一閃の声に、はたと我に返る夏朝。
　皆でお賽銭を賽銭箱に入れて拝礼し、さて、次は。
「ねえ、夏朝！　お揃いのお守り、買いに行こ！　猫柄のやつあったでしょ？」
「あ、うん！　僕も、同じのが気になってた。それから……、」
「お汁粉、じゃない？　屋台が出てたの、美味しそうだったよね」
「邪魔にならない場所で、写真も撮るか。折角の晴れ着姿だからな」
　初と一閃の声を耳に、夏朝は、ふくふくと胸を膨らませる。
（こんなふうに、楽しいことがいっぱいの一年になったらいいな。それに、）
　夏朝の心底からの願いも、叶うといい。叶ってほしい。
　そんな思いを胸に、夏朝は、少し先を行く初達の名前を呼んだ。