寝子島の風にのって、ぱーたぱた｜リアクション

寝子島の風にのって、ぱーたぱた

「トリックオアトリートか　鬼はそと、福はうちっ！」

「ちょ、ちょっと、ののこさん、いろんな行事が混じって･･････ぎゅむ」

　佐藤英二はパイケーキの直撃を顔面に受けて、ひっくり返る。

　しかし不屈の男、寝子島高校のミイラ男の扮装で、笑いながらののこに向かって走り出す。

「あはは、ハロウィンって、たーのしい！」

　すっかり上機嫌のののこ。

　もともと、ヨーロッパの一神教伝播以前の、土着の神を祝う祭りであったとされる、ハロウィン。
　異端の女神、というか、いたんですか女神･･････というくらい、神様という自覚が近年とみに薄い、寝子島発のご当地感あふれる神様、野々ののこ選手。
　まんをじしての、ハロウィン参戦。

　日本のカレンダーにおいても、ひときわ祝日の少ないとされる10月。
　楽しい秋の季節が、平日まみれ、毎日学校と仕事だ！
　せめて忙しさの間隙を縫って、ハッピーチャンスをものにして、めいっぱい騒ぎたい！

　狂騒のハロウィンパーティがそこかしこで開かれている。
　だが、ここでは少し雰囲気が違うようで･･････。

　甘いバッカスの誘惑、ハロウィン特注のスパークリングワインか。

　いずれにせよ、酒精の女王、酒浸朱蘭嬢のハロウィンは、濃密なアルコールの気配に満ちた、すこしディープなパーティ。ほろ苦くて、胸につんときて、くらくらする。とても正気でなんていられない。

「そりゃー！　もっともっと楽しもうぜー！」

――紗月、ああ、離れたくない･･････。
――理緒ちゃん、今宵は･･････。

　そっと初瀬川理緒の白い喉元に指を這わすのは、佐和崎紗月。
　摘まんだキャンディーをそっと相手の唇に運ぶ。

　潤んだ瞳は、酒に酔ったばかりではない。

　同性同士のサッフォーの恋人。普段は人目忍ぶ、日陰の逢瀬を重ねる二人であるが、暗い月光の元にあっては、倒錯の恋こそふさわしい。
　皆人照覧あれ。歪んでいない恋など、恋の名に値しない。

　理緒の白皙の項。普段はあまねく人々に愛されるものだが、今宵だけは、紗月の指の下で、昏い紅潮を許すのだ。

　睦言は甘く、繊細な指使いは激情に燃える。
　紗月の愛するボレロのように、同じフレーズは徐々に高まりを見せる。

　トリックオアトリート、いやこの二人にとっては、

　トリック（罠）･･････即ち･･････トリート（甘いお菓子）･･････。

　そうしたいつも通りのカオスの中、すっくと立つのは、夜の宰領者、志波武道。
　悠然たるマントの仮装を纏った彼は、魔物を統べる高貴な貴族、といった様子にふさわしい。

――お前の兄であることは、これは決して変わらない事実であり、揺らがない最後の支えでもある。
――一緒に行こうか･･････。

芝居がかった武道の様子に、拓郎は頬を緩める。
いつもハイテンションの、ウザ目の兄貴。
だが、こういう変わった舞台に立たせると、なんだかオーラが違う。
　頼れる兄貴……なんて言ったら、ますます調子に乗るだろうから、決して言わないが。

（兄貴も、いつも真面目なら別に…嫌い、なだけじゃないんだけどな）

　普段と違う、繊細でたくましい兄の手を、彼にできる最高の礼で、しっかりと握る。
　それが、兄に対する彼の、今できる最高の敬意だ。

　思い思いの扮装に身を包み、思い思いにあちらの世界で遊ぶ。
　暖かなランタンのオレンジ色に包まれて、ほのかな光の奥で、無数の笑顔がほのめく。
　人間の笑顔？　それとも、陽気につられて浮かび上がってきた、人なつっこい幽霊たち？

　陶酔のただなかにある恋人を腕に、紗月は夜の奥に流れるメロディを聞く。

　あれはドビュッシー。詩人マラルメへの敬慕を示したといわれる「牧神の午後への前奏曲」。
　けだるく、官能的な音楽。忘れるはずはない。
　二人の少女は、甘い官能の高ぶりのなかに、互いに互いを差招くようにして分け入っていく……。

「あれー、なんか二人とも、酔っぱらってる？」
「ののこさん、それ見ちゃダメ！　まだ早い！」

　恋人たちの挙措に興味深々のののこを、佐藤英二が押さえつける。

　はしゃぐ皆を眺めやり、朱蘭が盃を傾けて、笑顔を向ける。

　ちょっとアダルト、でもめちゃくちゃ、こんなハロウィンがあってもいいじゃない！

　夜にほのめく、いくつもの光。
　ゆっくりと輝きは渦を巻き、ハロウィンの夜は更けていく･･････。

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