化かし狐のお礼参り｜リアクション

化かし狐のお礼参り

　日向透は高台から、島のもれいびたちの努力を見守っていた。鹿沼を守るように立つ者。本来異質な存在であるはずの、狐の側に立つ者もいた。どちらも、守ろうとする気持ち、理解しようと言う心から行動しているのだろう。その根にあるのは、いずれも『優しさ』に違いない。
「なるほど。この社会で暮らしていくには、優しい人間であることが必要なのですね」
透は穏やかに微笑む。狐の精神の醜さ、幼稚さが愉快でたまらなくて。老境を迎える時になってもなお、愚かなままでいることを選び続ける鹿沼の人生がそれはもう滑稽で。笑い出したい気持ちを抑えて、優しげな微笑を浮かべ、演じるのは実に楽しい。さらに演目をおもしろいものとするために、透は動き出す。今まで見下ろしていた場所が、透の新しい舞台になる。

「みなさん、そのあたりにしておきませんか」
柔和な笑顔、優しげな物腰、スーツに身を包んだきちんとした居住まい、丁寧な言葉遣い。ここまで『準備』を整えておけば、疑うものはほとんどいない。表面的な要素だけで、他人は透を『優しそうな人』だと思い込んでくれるのだ。摂狐はとうに狐の本性を表し、傷だらけになってその場に伏している。透を新たな敵と認めて、鼻面にしわを寄せ噛みつこうとした。
「おっと。危ない。君たちは下がって」
と、生徒たちをかばうように前に出て見せる。
向かい側には、二人の親切な大人――神無月文貴と毒島柘榴がいた。大人になっても優しいままであり続ける、奇特な、それは奇特な者たち。透は彼らに支えられてようやく立っている鹿沼茂之に向かい合った。
「鹿沼さん。狐と今後も交流を続けたいのならば、狐との間に新しい関係を築けばいいのですよ。化かされることをただ受け入れる、それだけでは互いが不幸になるばかりだったのですから」
「わ、わかっているんです。だから、でも……」
「お二人は対等な関係でなければなりません。それができないのなら互いのために、もう会うべきではないんです」
うなずく者、感心したような顔で見る者。実に愉快だ。彼の思惑通り、人間たちはその招待を疑う様子がない。だが心の中でほくそ笑む透に、獣の姿のままの摂狐だけは牙をむいた。
「俺はだまされんぞ。取り繕ってはいても、お前の心の中は真っ黒だ。見ろ！」
「ぐ……！」
摂狐の輝く瞳を見てしまう。透の意識はその場を離れ、忌まわしい過去に飛ばされた。

救急車はまだだろうか。足元には光を映さない、曇った目の父親が倒れている。透はまだ小学生だ。
救急車はもう来るだろうか。父はゆっくりと命を失っていく。
救急車が遅れれば、父は助からないだろうな。そうのろのろと透は考えたのだった。
（ああ……確かに、こんなこともありましたね）
抑えきれない苛立ち。姑息な幻術から逃れるため、透は胸ポケットに挿していたボールペンを引き抜き、手の甲に突き立てた。鋭い痛みで我に返る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「この狐野郎！　まだ化かす気か！」
気がつけば人々は傷ついた透を気遣い、悪い狐に怒りをあらわにしていた。
「大丈夫です。大丈夫ですよ」
作り笑いを浮かべ、透は言う。ああ、なんて、なんて、優しい人ばかりこの島にはいるんだろう、とあふれる優しさを嘲笑しながら。

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