化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

「ちょ、ちょっとすばる！　もう少しゆっくり歩きなさい！」
「そうは言うけどブリジットさん、これ以上ゆっくり歩いたら目的地に着く頃にはお婆さんになっちゃうよ」
「誰がお婆さんよ！　私はまだぴっちぴちの１５歳よ、失礼ね。いいからキリキリ歩きなさい」
「ゆっくり歩くんじゃなかったのかい」
「い・い・か・ら！　口答え禁止！」
「はいはい……」
わいわいと真夜中の静かな空気を賑わしながらやって来たのはブリジット・アーチャーと新井すばるの２人。
相変わらずの漫才コンビっぷりである。
「それにしても『妖怪退治』だっけ？　そのわりには何も出てこないじゃないの」
「まぁそんなにぽんぽん出てきても情緒ってものがないよ。やっぱり怪談話にも特有の手順ってものがあるんだからさ。推理小説と同じようにね」
「それはそうなんでしょうけどね……あんまりたくさん出てこられてもボディガードがすばるじゃあ頼りないし、いいんだけど」
「ひどいなあ」
心外そうに呟くすばる。
しかし彼が今腕にはめているものは特大のちくわである。
すばるのろっこん発動に必要なものとはいえ、その姿を見て頼もしいと思う者はあまりいないだろう。
「でもたとえ鬼が出ようと何が出ようと、ブリジットさんにだけは傷一つ付けさせないからさ。ご安心ください、姫」
そう言ってすばるはウィンクをした。
「でも大学教授と滝には勝てないんでしょ」
「ベイカー街の名探偵に勝てるものなら僕も勝てるさ」
「要するに勝てないのね」
ブリジットは呆れてため息をついた。
（すばるだけで大丈夫かしら……こういうのに強いといえば刀なんだけど）
ボディガードがすばるだけでは少々頼りなく感じたブリジットは、思わず携帯の電話帳から御剣刀の連絡先を探してしまう。
その時だった。
「ブリジットさん！」
「はっ、はい！？」
ブリジットは思わず飛び上がりそうなほど驚く。
もしや刀に連絡しようとしていることがバレたのかしらなんか申し訳ないわってなんで友人に連絡しようとするだけで申し訳なく思わなきゃならないのよすばるとは別に何でもないんだし他の男の子に連絡しても後ろめたくなんかないわああでもやっぱり申し訳ないごめんなさいすばる、などとブリジットが一瞬思ったその瞬間。
「ブリジットさんごめん！」
「え？　きゃっ」
すばるはブリジットの腰に腕を回し、自分の方へと引き寄せる。
ブリジットが彼の蛮行に抗議の声をあげようとしたその時、彼女の頭の上を何かがかすめ、その美しい金髪が数本はらりと切れた。
２人の足元に、なにかがぼたりと落ちる。
両前肢に鋭い鎌のようなものが生えたイタチの姿をした『妖怪』、カマイタチだ。
咄嗟にすばるが左腕のちくわから放った冷凍ビームによって動きを止めたらしい。
「ふう。怪我は無い？　ブリジットさん」
ブリジットを右腕に抱いたままの恰好で、すばるは尋ねた。
「え、ええ。ありがとう……」
「なんとか当って良かった。お姫様を抱えたままじゃ、自慢のバリツを披露するには少し辛いからね」
「あなたそんなことまで出来るの」
「僕はいつでも自分がベイカー街の名探偵になれるように普段から鍛えているからね」
「呆れるわ……」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
そう言ってすばるは微笑んだ。
「しかし、これはまたきっとどこかのもれいびがろっこんを悪用しているに違いないわ」
「そりゃまた急な推理だね。どうしてさ？」
「それは……名探偵の勘ってやつね。私の灰色の脳細胞が囁くのよ」
「ブリジットさんはベルギー人の名探偵か全身義体の少佐かなにかなのかい？」
「まあそんなものね」
今度はすばるが呆れる番だった。