化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

腹の底に響くような足音とともに木立の陰から姿を現したのは、鬼だった。
テオに『妖怪退治』を命じられ３人一緒に転送された河原を出た直後のことだ。
常人の２倍ほどはありそうな体躯、異様に発達した筋肉、牙、そして額に角。
誰がどう見ても鬼である。
小山内海はあまりの唐突さに、ぽかんと口を開けて驚きの表情のまま固まっている。
「海ちゃんっ」
それを咄嗟に桜庭円が強引に引き寄せ、自らの背後に隠すようにして庇った。
円はすっ、と両手を顔の前で構え、ボクシングのファイティングポーズをとる。
「く、来るなら来なよ」
威勢の良い言葉を吐いたものの、円のこめかみには冷や汗が伝う。
「さがれ、桜庭」
円の背後から声をかけたのは御剣刀。
竹刀袋から木刀を抜きつつ、海を庇う円と鬼の間に立った。
「俺がやる」
「任せて大丈夫なの？」
「少なくとも、素手の桜庭よりはましだと思うけどな」
彼の台詞を聞いて、海が円の服の裾をくいくい引っ張った。
『いこう』
とだけ書いたスケッチブックを円に見せる。
故あって声を失った海の意思疎通は基本的に筆談で行われる。
「海ちゃん……うん、そうだね。刀くん！　任せるよ！」
この場にとどまっていても刀の邪魔になるだけだと悟った円はそう声をかけると、海の手を引いて走り去った。
「ああ、任せとけ」
まるでその言葉を待っていたかのように、鬼が動いた。
「おっと」
刀は一直線に突っ込んできた鬼を軽くかわす。
鬼はそのまま木へとぶつかった。
辺りに轟音が響き、今にも折れそうに木が大きくしなる。
ぶつかった方もただでは済まなそうだが、鬼は何事も無かったかのようにけろりとしていた。
「力任せで荒っぽい動き、しかしそれを補って余りあるスピードとパワー、か……」
面倒だな、と舌打ち交じりに刀は呟いた。
一度でも攻撃をまともに受けてしまえば、それだけで刀は戦闘不能に陥りそうだ。
二度、三度。
ずしん、ずしん、と鬼は体当たりを繰り返すが、刀には当らない。
しかし、相当の速度で迫るそれをかわすのにも相応の体力が必要だ。
次第に刀にも疲労が蓄積されてくる。
「このままじゃジリ貧だ……」
こちらは一発もらえばお仕舞。
それに比べてあちらはいかにもタフそうだ。
『逃げるが勝ち』という文字が刀の頭をよぎる。
しかしもとよりそれを選ぶつもりは、彼には無い。
鬼が何度目かのタックルから体勢を立て直し、刀を見据えた。
「『加速』」
ぼつりと呟く刹那、刀は撃鉄が落ちるイメージを脳裏に描いた。
ガチン、と想像の撃鉄が火花を飛ばし、刀は電光石火の如き速さで鬼に近接する。
鬼の巨躯では懐に入り込めば対応されにくいだろうと思っての作戦だ。
実際、突進の威力を活かせない間合いに飛びこまれ、鬼はうろたえているようだった。
刀は鬼の右膝に狙いを定めると、右から左から連打し続ける。
「まるで地面を思いっきりひっぱたいてるみたいな感触だな」
一度当る度に木刀が削れていくのが如実に感じられる。
「やばい、このままじゃ……！」
しかし、先に折れたのは鬼の方だった。
執拗に叩き続けた鬼の右膝から下がぼろりともげた。
たまらず鬼は倒れ込む。
「ふう、少してこずったけど、これで」
刀はぼろぼろになってしまった木刀を頭上に振りかぶり、
「終わりだ」
鬼の脳天めがけて振り下ろした。