化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

ずずん、と遠くの方で地響きがした。
海は心配そうに振り返り振り返り、円に手を引かれてゆく。
彼女の心中を察したのか、円が明るい声音で言った。
「だーいじょうぶ。刀くんなら心配無いって。あんなに自信満々だったんだもん」
海はこくりと頷いた。
「にしても『妖怪退治』とかまた無茶言ってくれるよねー。いっつもボクらにまかせっきりで、たまには自分で解決してみれば良いんだよテオは」
『ねこにはにがおもい』
つないだ手を離して、海はスケッチブックを掲げた。
「あはは、そうかもね」
『これからどこへいく』
「うーん、そうだなあ。この道って神社に続いてるんだよね……あそこなら何か妖怪に効きそうなものありそうじゃないかな。お札とか」
『わからない』
海はスケッチブックの頁を繰った。
『でもとりあえずいく』
「そうだね、行ってみれば何か分かるかもしれないし」
などと会話をしている間に２人は神社へと続く階段に差し掛かる。
ここを登ればすぐ神社だ。
その時だった。
円が不思議そうな顔をして振り返った。
「……なにか聞こえなかった？」
海はふるふると首を横に振る。
「ボクの気のせいかなぁ……」
円が怪訝そうに首をひねった時。

――ひぃーぃ、ひぃーぃ

どこからともなく、人の悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
「や、やっぱり聞こえたよ！　な、なに……？」
円は周りをきょろきょろ見回す。
すると、円の背後から海が一点を指差した。
長い階段の中ほど。
それなりに幅のある階段を、目一杯遮るくらい大きな何かがうずくまっている。
海が指差したそれは四つ足でゆっくりと立ち上がると、２人の目の前に音も無く跳び下りた。
「な、なんなんだよぅ、コイツ……！」
円は目の前のそれの異様な姿に驚いていた。
四肢は虎、頭は猿、尾には大蛇。
全く別の生き物のパーツが組み合わさりひとつの体を造り上げている。
わずかに開かれた猿の口からはひぃひぃと気味の悪い鳴き声が漏れていた。
『ぬえ』
海が脇からスケッチブックを突き出した。
「ぬ、ぬえ？」
『ふるいようかい』
「弱点とか、……知ってる？」
海は首を振る。
「し、しかたない、ここは私に任せて海ちゃんは先に行って！」
そう言って前に出ようとする円の腕を引き、海が引き止めた。
すばやく手を動かしてスケッチブックになにごとか書き連ねてゆく。
『だめ、わたしがのこる。わたしじゃにげきれない。まどかちゃんならだいじょうぶ。わたしがぬえをひきつける。だからはしりぬけて』
「そんな、危ないよ海ちゃん！」
『それがいちばんかくじつ』
海は譲らない。
「でも……」
なおも言い募る円を、海はじっと見つめる。
「ぅ……ずるいよ海ちゃん……分かったよ、そうしよう」
海はぱらりと頁をめくる。
『ありがとう』
「うん。……じゃあ、行くよ？」
海はひとつ頷いて足元の小石を拾い、鞄から一本絵筆を取り出した。
海の準備が出来たのを見て、円は駆けだす。
それに反応して、鵺は脇を通り抜けようとする円に顔を向けるが、その横っ面に弾丸のように飛んできた小石が命中した。
鵺は鬱陶しそうにそちらへ意識を向ける。
その隙に円は石段を登り、鳥居の向こうに消えた。