化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

小石を撃ち出したのは海である。
低い唸り声を上げて向けられた、鵺の苛立った眼差しを正面から受けて海は立っている。
手に握った絵筆で空中に線を引く。
その軌跡に現れたかすかに光る線の上へ、海は拾った小石を乗せる。
するとその小石は海の手を離れても地面に落ちず、線に沿って速度を上げ撃ち出された。
空中に描いたラインに沿って物体を加速させる能力。
『アクセラレイトライン』。
それが海のろっこんの名前である。
（まどかちゃんから私に意識を逸らせなきゃ！）
海は階段と反対の方向に鵺から距離を取り、落ちている石や木の枝などを次々に撃つ。
（大したダメージにはなってないみたいだけど……でも今はそれでも良い。私を見るのよ）
彼女の目論見通り、鵺は海に狙いを定めたようだ。
鵺は彼女が射掛ける弾幕を然程問題にもせず跳びかかった。
（くぅっ）
海は鵺と自分の間を遮るように、空中から地面へ向かって５本の線を引いた。
鵺の鋭い虎の爪が、海の柔肌をとらえるかと思われたその瞬間、鵺は不自然な急加速を受けて地面へと激突する。
（私の『ライン』はこういう使い方も出来るのよ！）
そうして海は咄嗟に体勢を立て直せない鵺から距離をとると、さらに鞄の中から、鋭利な小刀を取り出した。
鉛筆削り用のナイフである。
（『山鳥の尾羽の矢』は無いけど、これなら……）
そうして海は鵺の額に向けて、一直線にラインを引いた。
（いけっ）
ズパッ、と風を切り飛来した小刀は、鵺の眉間に深々と突き刺さった。
すると鵺はその大きな身体を震わせ、ひぃぃ、と短い悲鳴を上げるとその場に倒れ臥した。
土に還った身体の端々がぽろぽろと崩れ落ちる。
海はおそるおそる近付き刺さったままのナイフを引き抜くと、大事そうにハンカチで汚れを拭う。
（また、砥がなきゃ）
そう思い、鞄に小刀と絵筆を戻した海は、円を追って階段を登るのだった。

初夏の草深い落神神社。
茫々と伸びっぱなしの雑草をかき分けるようにして、円は本殿まで辿り着いた。
ぼろぼろになった引き戸を開け放ち、中に足を踏み入れる。
「だ、誰ですか……？」
床板をぎしぎし軋ませて円が歩いて行くと、暗闇の中から声がした。
「ふぇっ！？」
まさか中に人がいるとは思っていなかったのだろう。
円は円で驚く。
次第に暗さに目が慣れ、ぼんやりとだが室内の様子が分かる。
車座に敷かれた座布団、夥しい数のろうそくの燃えさし。
円はここで何が行われていたのかすぐに察しが付く。
「百物語、かな」
すると、部屋の隅に女の子がひとり座り込んでいるのに気が付いた。
「あ、……君は、だれ？」
「草堂鶴子……あなたは、人間？」
「え？　あぁ、鶴子ちゃんも外の妖怪を見たんだね。うん、ボクは桜庭円。ちゃんと生きてる人間だよ、ほらね」
そう言うと円は鶴子に手を差し伸べて、その手を握った。
「あったかい……」
鶴子の手を取ったまま、円は尋ねる。
「鶴子ちゃん、キミはここで百物語をしてしまったんだね？」
鶴子は少し怯えたようにぎこちなく頷くのだった。