化野原に寄りて在る｜リアクション

化野原に寄りて在る

「おー、オレがこの体を動かすのも久しぶりだな」
桐生計都は洗面所の鏡の前で呟いた。
しかし、普段のおとなしい計都とは様子が違う。
そもそも彼は自らを『オレ』などと呼んでいただろうか。
「はは、計都のヤツ、目を覚ましたらまた驚くなー、こりゃ」
まるで他人を呼ぶように自分の名を呼ぶ計都。
それもそのはず、彼は計都のろっこんで生み出されたもう一人の人格なのだ。
名を、『ラゴ』という。
満月あるいは新月の夜に計都が鏡を見ると発動するようだ。
「しっかし毎回オレが動いてる間の記憶抜けてビビってる割には、オレが出てくるのがどんな時かも気付いてねえし。寂しいねえー」
計都に比べるとラゴは活動的な印象を受ける。
どうやら計都が活動している間の記憶もラゴにはあるようだ。
「っと、まあそんなことより折角出てこれたんだ。楽しまなきゃ損だぜ」
よほど退屈していたのか、ラゴは鼻歌交じりに靴を履き、玄関を出る。
すると、どこからともなく一匹の猫が彼の前に歩み出てきた。
「お、テオじゃん」
「気安く呼ぶな」
その猫、テオは不機嫌そうに答える。
「……まあいい。お前はこれから『妖怪退治』に行くんだ」
「は？　何退治だって？」
「『妖怪』だよ。とにかくこれからお前をこの世界から『切り離す』。しっかりやってこい」
じゃあな、という風にテオが尻尾をひと振りする。
次の瞬間、まともに立っていられないほどの揺れがラゴを襲った。

気が付けば揺れは収まり、テオの姿はどこにも見えなくなっていた。
「ったく無茶しやがるなぁ」
ラゴが目覚めたのは猫又川の河川敷。
石ばかりがごろごろしているところにひっくり返っていたせいか、身体の節々が痛む。
ラゴは顔をしかめつつ、頬に付いた砂をこすり落とした。
「つーか『妖怪退治』ってなんだよ。説明不足にもほどがあんだろ」
ラゴはぼやきながらも歩き出した。
少し森の縁に沿って歩くと、少し開けた道を見つけ、そちらへと足を向ける。
落神神社への参道である。
「これどこに繋がってんだろーな」
これといった目的地も無いため、ラゴのとる進路は適当だ。
５分ほど歩いた所で、ラゴは歩みを止めた。
「はん、ようやくおでましか」
ラゴが呟くのを合図にしたかのように、彼の周りの茂みが風も無いのにざわざわと騒ぐ。
その音は次第に大きくなっていく。
ラゴは警戒するため道端に落ちている木の棒を拾おうと手を伸ばした。
その時、がさり、とひと際大きな音を立ててまさにラゴの目の前へ何かが飛び出してきた。
「……茶碗？」
茶碗である。
日本人なら見紛うはずもない、正真正銘の茶碗がラゴの目の前に飛び出してきていた。
拍子抜けしたラゴは、それでも一応おそるおそるといった風に木の棒でその茶碗をつついた。
その瞬間、ラゴは頬に衝撃と痛みを感じた。
「なっ！？」
茶碗が跳ねたのである。
「うわっ」
茶碗が立っていた。
２本の細い毛むくじゃらの脚ですっくと立ち上がり、縁から生えた両腕を腰（？）にあててふんぞり返っている。
ラゴは思わず無言で蹴り飛ばした。
「なんだったんだ……っておいおい」
奇妙なものとの遭遇に首をひねりながら先へ進もうと振り向く。
箸に湯呑、下駄、草履、果ては一見何に使うのか分からないものまで、そこには茶碗の仲間と思しき多種多様な道具たちがひしめきあっていた。
皆一様に毛むくじゃらの手足が生えている。
ラゴが蹴り飛ばし粉々になった茶碗の残骸を集め、よよと泣き崩れるような仕草をとるものまでいる。
九十九神の群れだった。
「なんかまるでオレが悪者みたいじゃんよ……ちっ、仕方ねぇ。お前らまとめて相手してやるよ！」
そのラゴの叫びを合図に、九十九神が一斉に飛びかかる。
ラゴは拾った木の棒を握りしめ、それに猛然と立ち向かうのだった。