ロンリー＊ドーリー＊グローリー｜リアクション

ロンリー＊ドーリー＊グローリー

　午前八時半、寝子島病院は変わりなく外来患者受け入れを開始する。
　病院の待合で八神修は新島ちよのニュースを知った。
　今、自分がいる場所から一人の少女が消えた。その事実に衝撃を受ける。
（３０６号室は内科？　小児科？　まさか終末期病棟……）
　悪い方向に思考が傾いたとき、八神は呼ばれた。
　八神はハッとして自分がこの場にいる理由を思い出す。
　昔患った病の経過を見るための定期検診を受けに来ていたのだ。
　ニュースを気にしながらも八神は診察室へ入っていく。
（終わったら、少し聞き込みをしてみよう）
　そう心に決める。

　診察は当たり障りなく終わった。
「あ、先生。新島ちよちゃんって」
　八神はさらりと聞き出そうと試みる。
　担当医は途端に表情を暗くし、口を閉ざす。
　とても話してくれる気配はない。
「……失礼しました」
　一礼をし、診察室を出る。
　それから、出口ではなく上に向かうエレベーターに滑り込んだ。
　中には若い看護師が一人。
「何階ですか？」
「三階でお願いします」
　三階。そう言った瞬間、看護師の表情が険しくなる。
「あの新島さんのことでしたら」
「従兄弟なのですが、いなくなったと聞いて」
「警察にお願いします」
　丁寧な口調だが、視線は刺さるように鋭い。
　戒厳令が敷かれているようだった。
　病院側が警察に通報したのだろうが、病院に落ち度があったなどと言われてはたまらない。
　それゆえに当然の処置に思われた。
　エレベーターの扉が締まる。
　看護師は三階を押さずに、八神を睨みつける。
「疑われてしまうのは残念ですが仕方がありません。見舞いに来たこともなかったので……叔母と会えば、その疑いも晴れるのですが」
　八神は一か八かの賭けに出る。
　当然、会えばすぐにバレてしまう。
　内心汗をかきながら相手の反応を待つ。
「え？」
　看護師の表情が変わった。
　八神は平静を装って尋ねる。
「どうかしましたか？」
　しまったと言わんばかりに、看護師の目が泳ぐ。
　ここで押せばなにか聞けるかもしれない。八神は慇懃な笑みを浮かべ、言葉を並べ立てる。
「すみませんでした。家族と連絡が取れなくて……」
「でしょうね……から」
　ふっと看護師は独り言のように呟いた。大事な部分は八神の耳には届かない。
「あの」
「とにかく私からお話できることはありませんので」
　聞き返そうとするが、拒絶されてしまう。
　八神はうなだれる。
（やはり無理か）
　諦めかけた八神の視線の先で、三の字が光る。
　ハッとして看護師を注視すると居心地が悪そうに目をそらされた。
　エレベーターが音を立てて動き出す。
　無言。
　八神はなにか言おうとするが、なにを言えばいいのかわからず口を閉ざす。
　到着を告げるブザーが鳴る。
　軽く会釈をして八神が降りようと足を踏み出す。
「あの、」
「はい？」
　看護師が恐る恐る声をかけてきた。
「もし、ご両親と連絡が付いたら、一度病院にいらしてくださいとお伝えしてもらえませんか？」
（……どう言う意味だ？）
　心臓が大きく脈打った。八神はとにかく話を合わせる。
「よろしくお願いします」
「あ、わかりました。伝えておきます」
　早る鼓動。
　落ち着け。自分に言い聞かせる。
　閉じるドアの向こうで看護師の表情から力が抜けるのが見えた。
　八神はしばらく動けずにいた。
　目的地はすぐそこだというのに。
（連絡が付いたらということは、病院側でも連絡が取れないのか？）
　頭が白くなる。
（いや、おかしいだろう。娘がいなくなったというのならば、駆けつけるはずだ）
　冷めやらぬ興奮を抑えようと大きく息を吸い込んだ。
（ニュースによると、いなくなったのは三時間ほど前……まだ、来てないのか？）
　答えを導き出すには情報が足りない。
　八神は３０６号室に向かう。