#彼女の曖昧な考察　～獣性～｜リアクション

#彼女の曖昧な考察　～獣性～

【先触れ】

　夕刻、とある公園のベンチにて。
「本当に大丈夫なのか？　胡乱路さん……」
　西日を頬に浴びながら、矢萩咲は心配そうに、へにゃりと眉を曲げました。
　この春に寝子島高校の制服を卒業した咲は、私服で会う胡乱路秘子の変わらない笑みに、かえって不安を抱いてしまいます。
　いくつもの恐るべき経験を経てなお、あいも変わらず彼女は、深い夜の住人であることをやめないというのです。
「んふふ。大丈夫ですよ、矢萩さん。わたくしの番組は、こう見えて視聴者さま多数の大盛り上がりなんです。協力してくださる方だって、たくさんたくさんいらっしゃるんですよ」
「でも」
　あの夜をともに乗り越えたふたりが、友人として互いを案ずるのは当然のこと。ことに秘子は、アルバイトなど始めていくらか地に足がついてきた気もするものの、どこかふわふわとして浮世離れした印象は今もって消えていません。咲などはふとした瞬間に、彼女が再び胡乱な世界へ消えてしまうのではないか……そんな予感を抱くのかもしれません。
「咲は、今日は付き合えないけれど。くれぐれも気をつけて」
「ええ、ありがとうございます矢萩さん。また別の機会に、お付き合いくださいね。んふふふ♪」
　外せない用事があるという彼女の背を、秘子はまぶしそうに見送ります。そうして、煮詰めたハチミツめいた深いオレンジの空を見上げ、すうと目を細めました。
　やがて宵が、寝子島を暗く覆うでしょう。

　斬空赤刃。小高い丘、民家の屋根の上へ。
　サキリ・デイジーカッターは、橙と紫の絵具をぐりぐりと混ぜ合わせたような夕暮れに染まる街並みを眺めつつ、スマートフォンでネットを探ります。
（セリオスロピー症候群とやらの情報はなし、か）

　『狼女』。そのあやふやな存在が、今回解き明かすべき謎の核心なのだといいます。
　かつては主に裏社会の無秩序へ向けて振るわれてきたサキリの刃も、今やこの島のフツウを脅かすなにかを打ち倒し闇を晴らす、守るための武器となりました。狼女がなんのいわれもない寝子島住人たちを害するような存在なら、これを斬って捨てるのみ。
　そんな覚悟と信念に突き動かされ、今回もサキリは行動を開始しました。
（まずはとにかく、リサーチだ。情報が欲しい）
　彼は島の異変を高所から探しつつ、思考します。
　噂とはとかく、尾ひれがつくもの。今度の狼女騒動にしても、不正確な憶測が混乱を生んでいることは容易に想像できました。
（「手首から先を食いちぎられた」？　これは怪しいね。語り口が軽すぎる。こっちの情報は……これは本当だろうか）
　やみくもに探ったのでは、有力な手がかりにたどり着くのも難しそうです。そんな中、サキリは情報収集にひとつの方針を設けています。
（話が膨らみすぎる前の、なるべく古い情報を探していこう。狼女の存在を示す最初期の情報にこそ、きっと真実が潜んでいるはず）
　ねこったーのタイムラインを遡上します。絶え間なく流れるつぶやきの上流、あるいは源流を目指してさかのぼるのです。
　あの不鮮明な動画が流出した直後、流れが完全に形作られる前ならば、偏向されていない生に近い声が残されているはず。サキリはそう考えました。
　スマホを繰り、情報の源流へ。そうしながらも時おり屋根から跳躍し、電信柱の上、樹上、別の民家の上へと飛び移り、島の動向を注視することも怠りません。
（……うん？）
　そうしているうち、ふと。
（これは……）
　情報を一連の流れとして見たことで浮かび上がる、このかすかな違和感。何事にも思慮深いサキリの慧眼あってこそ、であったかもしれません。
　タイムラインの裏に、奇妙な指先の動きをサキリは垣間見ました。
（情報が、意図的に操作されている……？）

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