時計が刻んだ先の話｜リアクション

時計が刻んだ先の話

【早咲きひまわり】

望月神無はシーサイドタウンのある公園のベンチでチョコレート味のアイスを舐めていた。
暑い午後に冷たいアイスの組み合わせは格別である。神無はその冷えた美味しさに舌鼓を打っていた。
ベンチの端には居候先の姉夫婦に頼まれた買い物の荷物が置かれている。生ものや溶ける心配のあるものは入っていないため、こうして休憩中なのだ。
姉夫婦に厄介になっている身、できる限りの手伝いはしようと決めていた。
それになにより、身重の姉にあまり無理をさせたくないのだ。

「ん、猫か」

足元にすり寄ってきた白猫の頭を撫でる。人懐っこい猫のようだ。

「なんだ、なんで首に時計なんてつけてるんだ？」

空いた手で外してやろうと手をかけた瞬間、神無の隣にひとりの女性が腰かけた。

「よぉ、過去の私」

にぃっと笑いかけたその女性は、今よりも髪が伸び、女性らしい服に身を包み、全体の雰囲気は大人っぽく成長していたが、紛うことなき神無の姿だった。

「未来の……俺……？」

驚いて落としそうになったアイスを持ち直す。大人神無はにこりと笑って「そう」と答えた。

「ふふふ、結構変わってて驚いただろ？」
「いや、驚いたけど……本当に俺の未来の姿なのか？」
「もちろん」

自信あり気なその瞳を見て確信する。これが幻だとしても、目の前の女性は自分自身なのだと。

「……聞きたいことがある」
「なんだ？ ……まぁ、だいたい何を聞かれるかは見当がつくけどな」

神無はまっすぐに大人神無の目を見て、尋ねる。

「甥は、無事に産まれたのか？」

搾りだす様な声に、大人神無は安心させるように神無の頭を撫でた。

「大丈夫、無事に産まれて、今じゃもう小学生だ。やんちゃの盛りで相手にするのも大変だ」

その回答にほっと息をつく神無。一番心配な部分はどうやら大丈夫なようだ。

「姉夫婦も、今でもらぶらぶ幸せそうだしな」
「出産時のリスクとか、どちらかが欠けたり、そんなことも心配しなくていいんだな？」
「ああ、心配しなくていい」

大人神無も、同じ不安を乗り越えてきたからだろうか。
その言葉には優しさと、安堵、それに慈しむような響きが含まれていた。

「もうあいつらの幸せを心配しなくて、大丈夫だ」

その言葉に神無は一瞬目線を逸らす。
鼻の奥につんとした感覚をおぼえながらも、鼻をすするだけで涙腺を緩めないよう気を取り直し、そして小さく笑った。

「そっか。もう、いいんだな……」

神無の頭を撫でる手を少し強め、結んでいた髪をぐしゃぐしゃにかき回す。

「な、なにすんだ！」
「辛気臭い面すんなよ！なぁ私！」
「痛いっての！」

ようやく手を離したと思えば、大人神無はどこから取り出したのか、季節には少し早いひまわりの花を一輪、神無に差し出した。

「これからは自分の幸せを考えろ」
「ひまわりでか？」

ひまわりの花を受けとり、神無もにやりと笑って見せる。

「ひまわりの花言葉って知ってるか？」
「へ？」

大人神無は代わりにとばかりに神無の食べかけのアイスを奪うとベンチから立ち上がる。
そして呆けた顔をしている神無を振り返り思い出したように付け加えた。

「あ、そうだ。私今、結婚して子供がひとりいるんだ」
「……は？」

神無の思考が追いつく前に大人神無の姿がアイスとともに消え失せる。
神無の元には早咲きのひまわりと、答えのない疑問だけが残された。

「どういう意味だったんだよ！」

答える人間のいない神無の問いに、どこかで猫がにゃあ、と鳴いた。