時計が刻んだ先の話｜リアクション

時計が刻んだ先の話

【フィガロの結婚】

「ファッ！？」

その空間に志波武道の声が響いた。相対しているのは20代後半くらいのベリーショートの男性。
武道の弟に似ている気もしたが、決定的に違うのは眼鏡をかけていること。
つまり、今の武道と同じように弟との見分けがつけれるようになっているのである。
その男性は白いタキシードに身を包み、右手を武道に向かってあげていた。

「だ、ダレデスカ」
「いやー元気そうだね、昔の俺」

思わず片言になった武道に、タキシード姿の武道はにこやかに返す。
その返しに武道はヤッパリ―！？と叫び返す。なぜ目の前にタキシード姿の自分がいるのか、訳が分からないと言った様子だった。

「俺は散歩中に時計をつけた白い猫ちゃんにあって、撫でてて、それで、エット？」
「ろっこんかなーやっぱり。なあ、昔の俺」
「そうそう、そうだよね！え、っていうか、なんでそんな恰好してるの。コスプレ？」

武道の問いにタキシード姿の武道は首を振る。やれやれといった様子で肩をすくめると、武道の質問に答えを出した。

「結婚式なんだー」
「えっ、イツ？ダレノ？」
「今からで、俺の！」
「ファッ！？」

もう一度、武道の驚きの声が響く。タキシード姿の武道は「どうよ、かっこいいでしょー！」と楽しげである。

「いやー嫁さんの晴れ姿見てやろうと控室突撃したら“まだ見んな！”って投げ飛ばされちゃってさー。あ、どうしよう後ろ汚れてたりしない？」

自分の背中を見ようとくるくる回るタキシード姿の武道をぽかんとした顔で見つめながら、今聞いた言葉を繰り返す。

「結婚？オレガ？」
「そうそう、俺が！」
「だ、誰と！？」
「ナーイショ！」

口元に指を当てて可愛らしくウィンクをしてくるタキシード姿の武道に、武道は何が何やら、といった表情を返す。

「う、受答えが俺そのもので答えになってなぁい！」
「仕方ない、俺だもの！」

親指を立てていい笑顔のタキシード姿の武道。確かにその通りだけれど釈然としない武道だった。

「それに」

タキシード姿の武道が少し大人びた、兄の顔つきになる。

「弟夫婦がお手製のウェディングケーキを用意してるらしくてな」
「弟……夫婦！？」
「いやー先越されちゃってさあ」

タキシード姿の武道がけらけらと笑う。

「サプライズらしいんだけど、挙動不審でバレバレだってもー」

照れ臭そうに笑いながらも、その表情は心底幸せそうで。
結婚のことも、弟に祝ってもらえることも、ぜんぶひっくるめて今の武道の心を温めた。

「そっか、そうなんだな」
「おう、俺の嫁さんすっげぇ可愛いぜ！お前にも見せてやりたいよ！」
「なら見せてよ」
「ゴメーン携帯控室だっ、テヘペロ☆」

おちゃめに舌を覗かせたタキシード姿の武道に武道は軽く拳を叩きつけてつっこむ。
そして、改めて右手を差し出した。

「結婚おめでとう、俺」
「いやー自分に祝われるって何か恥ずかしいなっ！」

照れ笑いを隠そうともせずに、タキシード姿の武道がその手を取る。ふたりはしっかりと握手を交わしあった。

「幸せになー！」
「オマエモナー！」

互いに同じ笑顔を向けて、手を振りあいながら。
それぞれ待つべき人たちの元へと戻って行った。

白猫がその様子を見ながら、星ヶ丘教会への道を歩いていく。春貴も夕日が道を染めるのを見ながらその背中を追った。