時計が刻んだ先の話｜リアクション

時計が刻んだ先の話

【薔薇乙女の夢見た先】

星ヶ丘寮の庭では緋紅朱赫乃が薔薇園の手入れをしていた。入学した時に赫乃が持って来たものだ。
そしておそらく、今後行く場所すべてに持って行くであろう、彼女の薔薇園。
夕日が照らす中ではさみを片手に整えていく。暑い時期は花がつかないのだが、７月に入ったばかりの今はまだ赤い薔薇が咲いていた。
赫乃は一度手を止め、ため息とともに額の汗を拭う。昼間に比べて気温が落ちたとはいえ、やはり夏。動いていればそれなりに汗もかく。
休憩すべきか、と薔薇園を見渡した赫乃の視界に真白な猫の尻尾が見えた。赫乃はそちらに近づいて行く。
尻尾と同じ真白の猫が青い瞳を赫乃に向けていた。首にはなぜか時計がかかっている。

「白い、猫さん……迷子、かな？」

そっと抱き上げると、時計の裏に住所でも書いていないかと手を伸ばす。

「っ？ ……えっ、と」

赫乃の目の前にあった薔薇園が姿を消し、見慣れない道が現れた。
赫乃は焦ったようにあたりを見回す。自分の薔薇園を探そうと、きょろきょろと視線を動かした。

「この、匂い……」

すん、と鼻を動かす。覚えのある香りが漂う方向へ足を進める。そして大きなお屋敷へとたどり着いた。

「ここ……どこ、だろう」

匂いをたどって裏へと回る。繊細な鉄柵が囲むそこは綺麗な薔薇園だった。
赤い花が咲く薔薇園の中をひとりの女性が歩いていた。手には剪定鋏。腕にかけた籠の中に、丁寧に花を入れていく。
少し大人びた印象があるが、その女性が赫乃だというのは直感的に悟っていた。
星ヶ丘でも、どこでもない、どこかの薔薇園。その薔薇園は確かに赫乃のものだった。

「私の、薔薇園、は、ずっと、死ぬまで、いっしょ」

だから、きっとここは、私の。

赫乃は薔薇園の奥に建つお屋敷を見つめる。
見覚えのない土地で自分の薔薇を育てている、どこへ行くにも一緒だった大切な薔薇たち。
だからきっと、この場所に赫乃は嫁いできたのだろう。誰と一緒になっていても、薔薇たちは必ず連れて行くはずだから。

「誰と、結婚、したの、かな……？」

恋仲にある男子生徒の顔を思い出して、頬を赤らめる。彼とだったら嬉しいけれど。違う人だったとしても、素敵な人だといいな。
そんなことを考えていた赫乃に気付いたのか、薔薇園の赫乃が近づいてくる。
目があい、赫乃のあたふたと、それでもしっかりと声をかけた。

「今、は、幸せ、ですか……？」

薔薇園の赫乃は少しびっくりしたような顔をしたが、すぐにやさしげな笑顔になると、しっかりと頷いた。
そして鉄柵越しに籠の中の薔薇を一輪、赫乃に手渡す。

「あなたにも、おすそ分け」

幸せの、と付け加えた薔薇園の赫乃がふいにかき消える。
赫乃は薔薇園でひとり、赤い薔薇を手にしたまま立ち尽くしていた。
しっかりと愛情を持って育てられたのだろう、力強い花弁の薔薇を抱きしめ、赫乃は思う。

「顔を、みれば、幸せか、は、わかる、よ……だって、私、だもの」

幸せそうな笑顔の未来の自分に貰った幸せのおすそ分け。
赫乃はその薔薇を持ったまま、寮の部屋へと戻って行った。