時計が刻んだ先の話｜リアクション

時計が刻んだ先の話

【甘いケーキは誰のもの？】

「はぁーあ」

高梨彩葉はコンビニへ向かう道の途中で小さくため息をついた。
得意なことはお菓子作りと編みぐるみ。そう胸を張って言っていたのだけれど。

「最近、お菓子作りが楽しくない……なんでだろう」

以前は自分で作っていても十分楽しかったのに、今は他人の反応が気になって集中できない、上手く作れない。そんなスランプに陥っていた。
思い悩んでいても始まらないし、気晴らしにお菓子でも買いに行こう、と家を出てきたのだ。
ふと塀の上に目をやると、時計を首にかけた真白い猫が彩葉を見つめていた。
彩葉の前髪の奥で青い瞳が、白猫の青い瞳青い瞳を捉える。白猫はにゃあ、と鳴いた。

「珍しい、綺麗な白猫ちゃんだ。どっからきたのー？」

腕を伸ばし猫に触れる。時計の針がカチカチと回っていくのが見えた。
カチっという音と共に、時計の針が０時を指す。不思議そうに首を傾げた彩葉の肩を、後ろから叩くものがいた。
振り向けば、パティシエ服に身を包んだ女性が。

「こんにちは、過去の私」

そんな風に声をかけてきた。

「……え？」

思わず聞き返すも、お相手はにっこりとほほ笑むだけ。

「何かお悩み事？」
「え、あ、えっと……」

疑うこともせず、パティシエ服の自分に、今の悩みを吐き出す。大好きだったお菓子作りが、楽しくない、と。

「その服、ってことは私はパティシエになったんだよね？」
「そう。好きなことを続けて、それを仕事にすることができたの」

そう言ってパティシエの彩葉は優しく微笑む。彩葉をそっと抱き寄せて、安心させるように頭を撫でた。

「自分が楽しいと思うお菓子作りをすればいいんだよ。他の人の評価も気になると思うけど、今は自分が思うように、好きに作ればいい」
「好きに……？」
「失敗したっていいじゃない、その時は笑って失敗しちゃったーって言えばいいし。逆に美味しくできたら、一緒に食べればいいと思う」
「一緒に」

そう言われて彩葉の頭にはひとりの人物が浮かんだが、首を左右に振ってそのイメージを取り払う。
前髪の奥で少しだけ視線が泳いでいた。

「お菓子作りは義務じゃないわ。つらくなったら休めばいい。作りたくなったら、もう一度作ればいいの」
「そっか、そうだよね」

パティシエ彩葉に励まされて、彩葉はよし、と大きく頷いた。

「私、好きなように好きなものを作るよ。うん、ありがとう未来の私」
「どういたしまして」

先ほどよりも明るい表情になった過去の自分に対して、パティシエ彩葉はにっこりと笑いかける。
彩葉もつられて、照れたように笑いながら「あ、そうだ」と呟いた。

「あの、さ……もうひとつ聞きたいことがあるんだけど」
「ん、なぁに？」

もじもじと背中で手を動かしながら、恥ずかしそうにパティシエ彩葉を見上げる。

「あ、あの……私って、誰かと付き合ってたりするの……？」
「……ナイショ♪」
「えーっ！」

悪戯っぽく唇に指をあてるパティシエ彩葉に彩葉は抗議の声をあげる。ぷくっと膨らませた頬をふにふにとつまみながら、パティシエ彩葉は「内緒だけど、」と続ける。

「これだけは言っとくね。……私は、今、とっても幸せだよ」

本当に幸せそうな笑顔を残して、パティシエ彩葉は彩葉の目の前から消えていった。
その笑顔を思い出しながら、彩葉は呟く。

「未来の私、ああなってるんだ……」

そしてコンビニに向かっていた足を別へ向ける。お菓子作りの材料を調達するために、彩葉は歩き出した。

「もう誰にも止めさせないんだから！」

白猫が前足で顔を洗う。春貴が追いついたのを見て、一定の距離を保ったまま歩きはじめた。
太陽が夕焼けを演出しながら、少しずつ傾いていく。